開幕劇――どことも知れぬ場所にて
下の頁
目次 序幕へ

「三つ巴の陣取り遊戯。くだらん子供のお遊びだ」
  女はさもつまらなそうに吐き捨てると「それもカビの生えた伝統の中でも、一等馬鹿馬鹿しい部類のだ」そう続けた。  
「決闘。そう、決闘とでも呼べば、まだ格好がつくかと。殿下」  
修辞学レトリックと評するには拙劣に過ぎるな。それに――」
  貴人に対する完璧な作法を以って発される男の言葉。しかしそれさえも、取り付く島無く斬って捨てられる。  
「――それにどう取繕とりつくろおうと、これより我らが行うことに、その意義に、何らの変わりもないのだ、ならばその実態じったいだけが、どうして変わるものか」
「おや、これは手厳しい。しかし、そうなると此度このたびの『戦い』は、我らの不戦勝である、とそう受け取って宜しいのでしょうか?」  
 けんもほろろの女の態度にも、特にめげた様子も見せず、牽制けんせいの意志を言葉に混ぜる。  
莫迦ばかな」
 面白くも無い冗談を聞いた、と女は冷笑を浮かべた。  
「お気に召さぬようですが?」  
すも召さぬも、是も無ければ非とてまた無い。王者に敗北の二文字は不要。要は勝てばよい、ただそれだけの話だ」  
如何様いかさま。最も大きく勝利した者が、また最も大きな果実を得る。極めて単純明快にして、なんと公明正大なシステムでしょうか!」  
 軽く頷くと、芝居がかった調子で、音吐朗々おんとろうろう、声高にうたいあげる。
「公明正大。お寒いセリフだ、三文役者ハム・アクター。白々しいにも程があるとは思わないか、その公正なシステムとやらを、法を定めた側の言い草としては」  
「さて、それはお互い様であるかと」  
「ふん 力無きものたちを制し、締め出した上での限定的な公正だ。言い訳などする気はない」  
  男と女、対立する両者も、より大きく、一歩ひいて眺めれば、等しい正義、道理の内で、計画的な相克そうこくを通じて、それぞれの帰属集団の間の利害調整の駒に過ぎない。そして、それをわきまえた上でなお。
「そうだ、神々の御山オリュンポスを主宰し給う、高き《天帝ユピテル》が継嗣けいしたる、この余に誰をはばかることがあるだろうか」  






 昂然と、傲然と、浩然たる誇りを籠めて胸を張る。
「美辞麗句に逃げ込むな、とそう仰せで?」  
「そうだ」  
「剛毅なお方だ」  
「妙齢の乙女にかける言葉ではないな」  
 苦笑まじりに称賛してくる男の態度を、憮然として非難する。  
「はは。それでは、《天帝》の姫君 ミネルウァ よ、どうぞこの《冥王プルトン》が一将《死神オルクス》に、殿下の舞のお相手をつかまつる栄誉をお与えください」
  男は、それまでの作り笑いに代わって、本物の笑みを浮かべると膝を付き、貴婦人に対する仕草も優雅に、許しを乞うた。  
「あー、好きにしろ。気取り屋」  
 どこか閉口した様子で、それでも女は己の甲への接吻くちづけを、大いなる皮肉と等しい敬意とに満ちた振舞ふるまいを男に許したのだった。



























序幕へ

 2006-09-18作成 , 2006-10-18最終更新
 Copyrights (C) 古井堂主人 淡海いさな(Isana of Ohomi ; The owner of Koseidou.) All Rights Reserved.