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――何処とも知れぬ場所にて――

 その女はさもつまらなそうに吐き捨てた 
「三つ巴の陣取り遊戯。くだらん子供のお遊びだ 
 そして、言葉を続けた 
「それもカビの生えた伝統の中でも、一等馬鹿馬鹿しい部類のだ 
 それに対して男が応えた 
「決闘。そう、決闘とでも呼べば、まだしも格好がつくかと。殿下 
修辞学レトリックと評するには拙劣せつれつに過ぎるな。それに――
 貴人に対する完璧な作法を以って発される男の言葉。しかしそれさえも、取り付く島もなく斬って捨てられる 
――それにどう取り繕おうとこれより我らが行うことに、その意義に何らの変わりもないのだ ならばその実態だけがどうして変わるものか 
「おお、これは手厳しい。しかし、そうなると此度このたびの『戦』は我らの不戦勝である、とそう受け取って宜しいのでしょうか?」
 けんもほろろの女の態度にも、特にめげた様子も無く、牽制の意志を言葉に混ぜる 
莫迦ばかな」
 面白くも無い冗談を聞いた、と女は整った顔容かんばせに冷笑を浮かべた。
「お気に召さぬようですが? 
「召すも召さぬも、是も無ければ非とてまた無い。王者に敗北の二文字は不要。要は勝てばよい、ただそれだけの話だ 
「いかさま 
 軽く頷くと、芝居がかった調子で音吐朗々おんとろうろう、声高にうたいあげる。
「最も大きく勝利した者が、また最も大きな果実を得る。極めて単純明快にして、なんと公明正大なシステムでしょうか! 
「公明正大 お寒いセリフだ、三文役者。白々しいにも程があるとは思わないか、その公正なシステムとやらを、法を定めた側の言い草としては 
「さて、それはお互い様であるかと 
「ふん。力無きものたちを制し、締め出した上での限定的な公正だ。言い訳などする気はない 
 男と女、対立する両者も、より大きく、一歩ひいて眺めれば、等しい正義、道理の内で、計画的な相克そうこくを通じて、それぞれの帰属集団の間の利害調整の駒に過ぎない。そして、それを弁えた上でなお 
「そうだ、神々の御山オリュンポスを主宰し給う、高き《天帝ユピテル》が継嗣けいしたる、この余に誰はばかことがあるだろうか」
 女は、言葉どおりに誇りを籠めて、昂然と胸を張る 
「美辞麗句に逃げ込むな、とそう仰せで? 
「そうだ 
「剛毅なお方だ 
 苦笑まじりに称賛してくる男の態度を、憮然として非難する 
「はは。それでは、《天帝》の姫君ミネルウァよ、どうぞこの《冥王プルトン》が一将《死神オルクス》に、殿下の舞のお相手をつかまつる栄誉をお与えください 
 男は、それまでの作り笑いに代わって、本物の笑みを浮かべると膝を付き、貴婦人に対する仕草も優雅に、許しを乞うた 
「あー、好きにしろ。気取り屋 
 どこか閉口した様子で、それでも女は手の甲を男に許したのだった 


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 2007-03-30作成 , 2007-03-30最終更新  
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