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第壱話 

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1-1 【蒼き亡霊‐ゲシュペンスト】

新西暦186年 6月 フランス地区 地球連邦軍 欧州方面軍南欧支部 ローザンヌ基地

蒼があった。
 未だ寒き春が遠く過ぎ去って早幾月か、欧州の地は初夏を迎えていた。ヨーロッパに独特な穏やかに乾燥した風の吹き往く空には、風に散らされたか雲一つとてなく、あたかも原色の顔料をぶちまけたカンバスの様。
 そんな爽やかな風を受ける青空の下に、キュクロプスが独り泰然として屹立している。
 蒼い。この抜けるように鮮やかな初夏の蒼天にも似た群青色の、鋼鉄の体躯を備える単眼の巨人だ。
 そのゴーグル状の、紅玉が燃え盛るような真紅の瞳が見据えるのは、基地施設の丁度六階にあたる高さ。そしてその、おおよそ二十メートルといったところにある灼赤の眼の横からは、どこか兎のそれにも似て細長い、特徴的な“耳”が生えていた。
 それがふいに、それまではあたかもその身が鉄石で出来た彫像ででもあるかのように微動だにしなかった巨人が、己から見て右の方へと跳んだ。その巨躯から連想されがちな鈍重さとは程遠い、身軽な動き。
 今しも“ひょい”という擬音が聞こえてきそうな塩梅である。
 直後。風を切り裂く轟音と共に、巨人がそれまで静止していた空間を砲弾が通過する。
 砲弾……そう砲弾だ。それならばここは戦場ででもあったのだろうか。そうだとも言えたし、そうではないとも言えた。
 ぎしぎしと音を立て飛翔しまた落下する。その最中に辺りを睥睨する巨人を、四つの敵意なき暴力が取り囲んでいる。
 それは戦車である。それは戦闘機である。
 縦横に走りながら戦車はその砲口を向け、高空を飛行する戦闘機の機銃の照準は巨人にあてられている。
 戦車の往くコンクリートの大地には近代的な施設の象徴ともいうべき鉄筋コンクリートの建造物が林立し、その合間にはアスファルト・コンクリートで敷き詰められた滑走路が走っていて、それら構造物の周囲を、有刺鉄線とブロック塀とが取り囲んでいる。
 ここは地球連邦軍ローザンヌ基地の演習場。言わずもがな、軍事施設である。
 そんな極めて散文的かつ現実的な場所に、あたかも幻想詩人の空想が形を持ったか、神話の世界から抜け出してでも来たかのような巨人という非現実的な存在。それこそ神話の一場面を切り取ったかのような幻想的な光景であり、見る者の心に訴えかける、ある種独特な雰囲気を醸し出している。
 だがこれは、神話でもなければおとぎ話でもあり得ない。今現にある光景である。
 そして、その全き暴力の具現であった筈の戦車に戦闘機のなんと脆いことだろうか。
 重厚かつ暴力的な、だがどこかあっけない、渇いた音が演習場にこだまする。巨人の着地すると同時に、右腕に構えられた機関銃の銃口より放たれた一閃の銃火とその銃声。
 空中へとばら撒かれる巨大な拳銃弾が描きだすのは、消えゆく定めの一幅の絵画である。
 その点ではなく面としての攻撃が、獲物を呑み込む大蛇の如くに絶え間なく飛交う戦闘機を、逃すことなく捉える。あたかも叩かれた虻蚊の様に、あるいはハンマーで叩き砕かれた硝子の様に、容易く四散して墜落する戦闘機。
(M950マシンガン。パーソナルトルーパーに合わせて開発された超大型マシンガンか。仕様書によれば15回までの斉射が可能とあるが……しま!)
 その思考による一瞬の遅滞があだとなったのか、もう一機の戦闘機の射出した誘導弾(ミサイル)が巨人の左側面に被弾する。
(ちぃっ……ホーミングミサイルか、油断した! ……被害状況確認。外部装甲軽微剥離……装甲損傷度13%……。各部駆動系並びにオペレーティングシステム共に異常なし、トータルダメージ……3%! 機械・電子のどちらにも深刻なダメージはなしか、大したものだな。これが同じメッサーならば今の一発で終りかねなかったところだが、さてお返しといこうか!)
 巨人は己が受けたダメージの程度を手早く調べて、問題がないことを確認すると、反撃の誘導弾を射出した。
 “スプリットミサイル”である。
 本来これは、地対地誘導弾に分類されるもので、航空兵器への追尾・捕捉性能は低いのであるが、幸いにしてと言うべきか、狙い過たず巨人の放った誘導弾は、その戦闘機、連邦軍制式戦闘機“F−28メッサー”を捉えた。
 着弾と共に弾頭が派手に爆発を起して、超音速の爆轟の波がメッサーを叩きのめす。
 だがそれで、巨人が行動を終えることはなかった。戦闘機の撃墜を確認するやいなや、舞い落ちる残骸を避けつつ、そのまま連続的に流れる動きで攻撃の態勢を整える。そして残りの戦車へと向けての誘導弾を発射した。
 と、同時に再び響く“砲弾”の風切り音に着弾の轟音。それも二発続けて。
 果たして巨人が放ったのは誘導弾である。
 残された二輌の戦車より放たれた、放物線を描いて飛び来る、時間差の砲撃が巨人を襲う。
 巨人が身をひるがえした、まさにその場所に砲弾が撃ち込まれる。それをも避けたかと思えば、最初の戦車による再びの砲撃が巨人を襲い、更に回避した場所へとまた砲弾が飛来する。
 だが、巨人はこの恐ろしい連携攻撃を危なげもなく回避する。
(同じ型式の人工知能だけあって、連携のタイミングは完璧だな、だが惜しむらくは均一かつ定石の通りにすぎる。一度、見切ればそこまでと、まだまだ改良の余地がありだな。とはいえ、こう続けざまに撃たれては被弾率が高まるな、そうすると危険か……)
 手早く思案する。
 当たってやる気は毛頭無いが、こういうものは、その気が無ければ襲われないというものでもない。もしも直撃すれば戦車砲は自身の装甲をも穿ち得るだろう。どうなるのかその結果に興味はあるが、当然ながら自身で試す気にまではなれない。
 そう考えるやいなや……いや、違う、その思惟と行動とは連動していた。
 思考とともに身体が動き、動きながらそれを把握している。思いが身体を突き動かして、動きが思考をますます加速させる。
 回避した際の勢いに乗せて、最少の軌道で攻撃に適する態勢へと移行する。
 先刻の誘導弾で被弾・損傷した戦車へと向けて、もう一撃くれてやる。
 艶やかに紅い華が咲く。
 誘導弾の爆発と、それを阻害する爆発反応装甲(リアクティブ・アーマー)の爆発とである。
 現在戦車は人工知能によって制御されている。当然、随伴の歩兵は存在しない。だからだろう、なんの遠慮も無く周囲に金属片を盛大に撒き散らしている。
(敵機損傷率80%、といったところか、もう一発駄目押しが必要か。バルドングに三発、スプリットミサイルは牽制用と割り切るべきだな。……ならば、マニュピレーターによる近接格闘戦を試みてみるか!)
 一瞬でそう判断した巨人は、機関銃や誘導弾を所定の位置に収容すると、その腕を振り被り姿勢を正す。
(脚部・後背部推進装置点火、各部姿勢制御用スラスター調整……よし。進路、前方バルドングへと固定)
 と、優れたスプリンターがそうするように、猛烈な初速のままに、既に半ばまで破壊された戦車へと急襲する。
 戦車――連邦軍制式戦車・“71式戦車バルドング”へと。
 インファイト。
 戦車の懐の内へと入り込む。ここまで近づかれてしまうと、戦車はその主砲を封じられる。
 あとは精々、機関砲で応戦するぐらいなのだが、戦車というものは元より中距離よりの砲撃が本領である。自然、備え付けられている機関砲も接近した歩兵を蹴散らす為の申し訳程度の威力しか持ち合わせていない。
 これではどれ程攻撃しようとも、巨人の表面を撫でるに終わり、その装甲を寸毫ほども削ることは出来ない。
 それを巨人もわかっているのだろう、攻撃は最大の防御とばかりに喰らうに任せ、一直線に標的への最短距離をひた走る。
 実際、時雨の様に乱れ撃たれる無数の弾丸を躱すというのは難しいだろう。それも自分から現に今撃っている相手へと正面から近づきつつ、とくれば尚更に。
 この場合、下手に回避を試みて装甲の薄い背面や側面に、思わぬ痛手をこうむる危険を冒すよりも、その最も装甲の厚い部分、すなわち前部装甲を前面に押出して一気に加速・接近し、速やかに相手を叩くのが賢明だった。
 巨人がひた走る。そしてその勢いのままに、振り上げ、構えられた巨人の拳が叩き込まれる。
 小山のような巨大質量の物体が、真っ直ぐに、鉄道車両の進行にも匹敵する猛烈な速度で衝突したのである。それも拳と言う一点に全ての力を込めて、その際の衝撃と破壊力の凄まじさは容易に想像することが出来よう。
 そして何の意外性もなく、破壊されるバルドング。
(マニュピレータの接合部に対するダメージも許容範囲。対象への補正も上手く働いているし、衝撃吸収も上出来か。だが、破壊は出来たが、思った程の威力は……。先ほどから感じてはいたが、試作機よりも運動性と突進力に劣るのか)
 最後に一輌残った戦車が機関砲を連射しつつ、主砲を撃つに足る距離を稼ごうと後退していく。
 その叩き込まれる機関砲の斉射と破壊された戦車から飛散する破砕片や反応装甲の金属片とを、まるで初夏の小雨を浴びるが如くに軽く受け流しつつ考える。
(おっと、いかんな、油断していては。……さて、先ほどの手ごたえからするとこのまま2発程攻撃を加えればまず破壊できる筈だが、ここは最後の内蔵兵装を試しておくか、たしかジェットマグナムだったな)
 巨人は勝利をほぼ確信していた。人知を超えた超常現象でも起きない限りはこの状況を覆すことは出来ない。
 別に慢心による油断でもない。厳然たる事実である。戦車の動きは、単に投降という概念を持たない人工知能のゆえの足掻きに過ぎなかった。
 そこで巨人は残された戦車に対するのに、先刻と同じように誘導弾を三発撃ち込むというルーティン染みた行動を嫌い、色々と試しておくことにした。ことにした、というよりもしなければならないと言うのが正しかったかもしれないが。
(「プラズマステーク装填!」)
 巨人の左腕。手首から肘の辺りまでが、肘を覆う篭手から生える三本の杭を中心に白熱をし始める。別に杭自体が発光しているわけではない。ネオンサインと似たような状況である。
 この三本の杭は言うなれば檻の柵である。杭を媒介として強磁場のフィールドが形成される。そしてその内部はプラズマ生成用のガスで充たされる。
 気体中で放電されることによって、原子が電子を放出してイオン化する。この現象を電離と言い、こうして生成された、イオン化した原子と電子の混合物がプラズマである。
 このプラズマというものは、極めて大きなエネルギーを持つのだが、性質として物体に触れると周囲に急速にエネルギーを与えてプラズマ状態ではなくなってしまう。そこで磁場の檻によって拡散を防いでいるのである。
(音声認識システムに異常は無し、エネルギー変換効率も仕様書通りの出来栄えか……良し。あとはコレで打ち砕く)
 充分なエネルギーを帯びたその杭を、巨人は自重をも乗せてエルボーよろしく戦車をしたたかに打ち据えた。
 武装と言うよりも、武術に於ける“型”のようなものだろうか。
 電離質の杭(プラズマステーク)の先端が戦車の装甲に触れた瞬間、プラズマを封じ込めていた電磁境界面が消失する。それまで出口を求め荒れ狂っていたプラズマの奔流が、解放たれるやいなや、唯一の出口、攻撃対象の方向へと殺到する。
 プラズマという巨大な熱的エネルギーが瞬時に対象を破壊していく。
 この一連の動作を“ジェットマグナム”と言った。
(ほぉ、こちらは予想以上の破壊力だな!)
 自らが為したその破壊の凄まじさに、思わずといった風情で感嘆の叫びをあげる巨人。
 あくまでも、爆発や墜落による破壊である為にハッキリとした形を留める残骸が多く見られる他の三機とは異なり、ジェットマグナム――プラズマステークを打ち付けられた最後のバルドングは、プラズマの発散した高熱によって原形を留めぬ程に融解・破損していた。


「ふうぅ……」
 と、残骸を見下ろす蒼灰の巨人。
 ではなく、その巨人――パーソナルトルーパー(PT)の内に搭乗する者が、状況の終了を確認して、操縦席で軽く伸びをするとともに息を吐いた。
 そして、あたかもそれを見計らっていたかのような、その吐息に被さる絶妙のタイミングでもって、操縦室に据え付けられた通信装置のスピーカーから、笑みと稚気の成分を濃厚に含んだ女の声が掛けられる。
「どうかしら。ローラン中尉……って、画像()はどうしたのよ……画像、は?」
 本来ならば通信装置が伝えるのは音声だけではなく映像も伴っている。だが、故障かはたまた単にスイッチが入っていないのか、詳細はわからないが現実問題として、今実際に伝えられてくるのは戸惑ったような女性の声だけである。
「まあ、いいわ。こほんっ、それでどうかしら、Mk-2のお味のほどは?」
 取り敢えず、画像の有無に関しては気にしないで続けることにしたらしい。気を取り直すように咳払い一つ。改めて、先ほど口中に消えていった質問、と言うよりもむしろ冗談を口にする。
「まろやかでいて、とでも答えなければいけないのですか? アッバード少佐」
 操縦席。女からローラン中尉と呼ばれた、誠実そうな風貌の青年が、生真面目にもいささかぎこちない口調で、その冗談に対して冗談で応じる。しかし、あまり面白くはない。
 もともと冗談は苦手なタチらしく、その声の内には生真面目な青年の少々ならずに困っているらしい気配がはっきりと窺えた。それは照れの所為か、文末の語尾も尻上がりに、図らずも疑問形になっていることからも明らかである。
 だがそこは、上司の言葉を無下に切り捨てるわけにもいかないといったところだろう。生真面目な性格であるらしい青年としてはなおさらに。
「あらまぁ。可愛げのないこと。嫌なら無理に付き合わず、こんな他愛も無い冗句は軽くお流しなさいな。ねぇ?」
 そんな生真面目な部下の、あまりにもらしい態度に女はころころと笑う。真面目なのはいいけれど、初々しさが無くなってきたわねぇ、と。そして臆面もなくこのようなことをのたまう。
「はじめの頃の、どう反応するべきかただただ迷っているふうなその困惑顔が、可愛らしかったというのに、もう。この様に中途半端な反応をされては愉しくないわ、どうせするのなら、嘘でももっと困惑するなり、開き直るなりしなさいな。あと、冗談に照れられるとこちらも反応に困るのよねぇ」
 いじめっ子、というにはどうにも年を食いすぎているが、その傾向としては似たようなものがある。青年の性格的にまず無理だろうなと解っていながらこのようなことを言うあたり、性格は悪そうだ。
 最後の疑問符はコチラではなく、アチラ向き、彼女の周囲に居る者への言葉であったらしい。
 そうして一頻り笑った後でふいに態度を真面目なものに変える。もっとも本人は自分は常に真面目だと言い張っているが。真面目に冗談を言っているのだと。
「それで、中尉。冗談はさておいて、タイプ・Mの乗り心地はいかがかしら。忌憚の無い意見を述べてちょうだい」
「はい」
 ローラン中尉ももとより生真面目なその顔をさらにに引き締めながら応じる。の、だが、どこかほっとしたような顔をしているな、と感じるのは気のせいではなかろう。
「装甲と耐久性はやはりPTだけあってメッサーやバルドングの比ではありません。ただ、それはよいのですが想像していたよりも、肝心の運動性と突進に際しての加速性能が若干低いように感じました。量産型は、タイプ・Rをベースに設計されていると聞いていましたので」
“Type-Rapidity”――“敏捷”の名を関するにしては……
 ただ、戦車などに比べては充分以上の機動力は備えているとも思われたので、単純にPTという兵器に対する思い入れが強すぎただけなのかもしれなかったが。
「ああ、まあ。その辺りは悲しいかな、トライアル用の量産試作機と量産移行機との違いよね。でも、その分センサー類やOSは新式が搭載されているから、タイプ・Rよりも充実している筈よ」
 それは確かであった、実際に格闘時や射撃に際しての標的を捕捉する精度はシミュレータで使用したタイプ・Rを上回っている。
「なるほど。言われてみれば、自分はシミュレータと実地との違いかと思っていましたが」
 それで合点が言ったと頷きながら呟くローラン中尉。
 そんな様子を見ながら――本当は聞きながらだが――「それもあるかもしれないわね」と、同意する。そのうえでさりげなく、
「……と言っても、まぁ、微々たるものなのだけれどね」
 ぶっちゃける。そして更に続けるに、
「それも内蔵兵装だけで、肝心要のオプショナルウェポンにはあまり関係なかったりするのだけども」
 などと自分の前言を覆すようなことを軽く言う。
 ローラン中尉が呼ぶとおりであるならば、彼女は少佐という責任ある立場の高級軍人である筈なのだが、開口一番に発した言葉が冗談だった事といい、今のこれといい、その階級から連想される重厚さからは程遠い、どころか軍人とも思えないほどに、あっけらかんとしてなんとも軽いノリの女性だった。
 それは彼女が本来は軍人ではなく、月にある工科大学の、研究所の研究員であるからというのもあるのだろうが……やはり彼女自身の性質によるのが大だろう。


 PTとは戦車や戦闘機に代わる主力兵器として開発された、汎用巨大人型ロボット兵器を指す普通名詞である。
 マオ・インダスリーによる最初のPTゲシュペンストに、その直系の後継機種として開発されたゲシュペンストMk-2。
 そしてそれが地球連邦軍によって初の量産型PTとして採用されたものが、量産移行型Mk-2、 “RPT‐007・ゲシュペンストMk-2・タイプM”である。
 兵器が人間の形態をとることの最大の利点とは、まさしくその人間の形をとる事にある。
 それらは人間が行える戦術であればそのほぼ全てを行い得ることに加えて、機械ならではの戦術をも同時に採用できる。言うなれば近現代戦術の方法論を内包した上で“人”を単位とした戦術へと帰還するのである。
 一見、これは退行と思われがちであるがそうではない。ナッサウ伯マウリッツの“軍事革命”以来、高度に分科し、複雑化してきた兵種が今一度“人型機動兵器”を基本単位として再編成される。航空機の登場以来の巨大な軍事上のパラダイムシフト。
 それがPTである。
 これは単純化したものであるが、PTの特徴とは各種の武器を状況に応じて持ち替え可能で、陸・海・空・宙のあらゆる場所に、ソフト面ではアプリケーション・プログラムの追加・変更で、ハード面では各種アプリケーション・モジュールの着脱にて適用・運用できることにある。ただ残念ながら今のところPTで飛行能力を備えたものは理念の上にしか存在しない。だがそれとてもまもなく解決されるだろう。
 特に究極の汎用兵器を目指したゲシュペンスト・タイプの機体では、機体重量の軽量化も兼ねて、必要最低限度の武装を除いて可能な限り内蔵火器を減らしている。
 強力な内蔵火器は確かに魅力的であるが、どうしてもそれを基として戦術を構築せねばならず、使用可能な局面が限られてくる、“PTX‐4・シュッツバルト”がまさにそれであったが、それはPTの理念に反している。
 PTの理念。その基本にして究極たるは、機体の地形走破性・装甲・機動性という基本性能を極限まで高め、攻撃のバリエーションは“手持ち式”の兵器を各種揃える事によってあらゆる状況に柔軟に対応しようというものである。
 その為にも、M950マシンガンやコールドメタルナイフなど相応の携行兵器が幾つも開発されている。そしてそれがオプショナルウェポンである。
 だからと言って、それをただ換装さえすればそれで良し、というわけでもなかったが。
 これは、人間と引比べて考えればすぐに解ることだが、単に手足が振り回せるというのと、武器を扱えるというのとでは全く違う、かならずそれ専用の訓練を必要とする。
 殊に、PTがいかに人を模したといえどもあくまで機械、それ専用アプリケーションプログラムを必要とする。
 この場合はOSと、様々なシチュエーションに対応したモーションデータが必要なのだ。当然、運用全般を掌りパイロットを補助する専用のOS“戦術的動作思考型OS(タクティカル・サイバネティックス・オペレーティング・システム)”や、その補助としての音声認識式の武器選択機構などが標準で搭載されている。この通称“TC‐OS”は、パイロットの命令と状況に応じて、蓄積された膨大なモーションパターンデータの中から、その場で最適なモーションを実行するようにプログラムされている。
 だが、そのモーションデータはあまりにも膨大であって。記憶装置の容量やCPUの処理能力の関係から全てをインストールするというわけにはいかなかった。
 状況に応じて武器を持ち替え、それと同時に最適なアプリケーションソフトを選んでインストールしてやる必要があった。
 前者のOSとモーションパターンのデータ・パックはソフトウェアの領域である。
 後者のハードウェアの領域。
 特に記憶装置の記憶領域全体から、火気管制プログラム用の余裕として、パーティショニングされている部分は、“Weapon Glade AUGment Elevator”――武器拡張空地倉庫、通称で“W・GAUGE”と呼ばれている。
 なお、内蔵兵装に関するプログラムは、機体そのものを掌るOSと共にプレインストールされている。
 でなければ、PTは単なる鉄の人形である。
 無論のこと、兵装の重量と機体の限界荷重の釣合いという、いかんともしがたい現実もまた携行兵器の数を制限する要因であったが。
「そうそ、ウェポンと言えば肝心の武装に関してはどうかしら」
 ぽん、という乾いた音がしたかと思うと、ふと思い出したといった感じでアッバード少佐がたずねる。ぽん、の音が右か左か、そこまでは生憎とわからないが、槌の形に握った拳でもって掌を叩いた音だろう。
 故障なのかそれとも他の要因か、依然として通信装置は画像を伝えてこない。けれども、今のローラン中尉の脳裡には、常の如く呑気な調子に手を叩く少佐の姿かたちが、細部まではっきりと、確かな現実感を伴って描出されていた。
「M950マシンガンは、その有効射程の短さにさえ目をつぶれば充分以上の性能です」
 ローラン中尉は満足そうに頷いた。
 M950は名称こそ機関銃(マシンガン)と名付けられているが、実際のところは機関砲(マシンキャノン)であり、用法自体は短機関銃(サブマシンガン)のそれである。
 これは元々が遠くの敵に狙って当てる兵器ではなく、近距離に大量の弾をばら撒いて、突撃し制圧する為の兵器である。そうと、割り切ればむしろ長射程だとも思われた。
 彼はPTの戦術は機動力による突撃に尽きると考えていたので、この種の兵器は理想的な兵器だと思っている。
「ただ、スプリットミサイルは対PT戦では牽制用にしか使えないでしょう」
 現行の戦車や戦闘機に搭載されているものと変わるところが感じられない。射程が長いのはいいが、ただそれだけである。
 飛行物体に対しては、地対地誘導弾寄りというその性質ゆえに追尾捕捉性能に劣り、戦車などの地上兵力に対してはその攻撃力の乏しさゆえに実体弾か格闘戦にて戦った方が結果的に被害が少ないだろう。PTに対してはそもそも当たるかどうか。
「どうせ、搭載するならば地対空ミサイルを採用した方が効果的でしょうに。そうか、ミサイルを使用するのならば固定砲台・艦艇からの弾道ミサイルや巡航ミサイルによる陣地攻略が妥当でしょうか」
 ローラン中尉も誘導弾自体の有効性は認めている。というより、そもそもが彼は戦闘攻撃機のパイロットであったのだ、その彼の経験に照らしても空中戦での誘導弾は極めて優秀な兵器である。
 それでも、いやそれゆえにか、誘導弾系統の兵器はPTに向いていないのではないか、と思わざるをえなかった。
「それと格闘戦を試みた際に気づいたことなのですが、試作機に比べて大分威力が低下しています。まあ、これはやはり運動性能の低下に伴う突進力の低下が原因だと思われますので、兵装というよりも機体性能の次元で論じるべきかもしれませんが……」
 格闘戦に於ける攻撃力・防御力は共にそのまま“速度”に由来している。それが低下したとなっては問題である。
「……予算がね」
「は?」
 唐突な呟きに、思わず間の抜けた声が出た。
「……こっちの話よ。まあ、SRG……グルンガストシリーズみたいな特機とは違ってPTの腕はあくまでもショットガンやライフルといったオプショナルウェポンを使いこなす為のものだから、格闘戦は程ほどにね」
 だからこそ“Type−Strength”――タイプ・S、ではなくタイプ・Rが基となったのだ。
「了解です。……と言っても、次も格闘戦の感想ですので心苦しいですが」
「本当にそう思ってるのか怪しいところだけれど、何かしらってジェットマグナムのことしかないわよね。で、どうだった」
 ローラン中尉は確かに生真面目である、だが必要なこと、任務に躊躇いはない。あれは社交辞令だろう。
「はい。威力は想像以上、エネルギー効率も申し分なし。と、この点では試作機を上回っていますよ。ただ……」
「ただ?」
 濁された言葉の続きを促す。
「有効射程がマニュピレーターの届く範囲内に限定される為、使いどころは難しいかもしれません」
「なるほど。使用には敵機へと極限まで近接する必要があるということね、そうなると集中砲火を浴びかねないか」
「ええ、下手に近づけば、充分に接近する前に撃墜されるでしょう、一対一であれば問題は無いのですが……」
「そんなことは先ずもって在り得ない、と」
「はい」
 古代の一騎打ちや中近世の決闘ではあるまいし、現代の戦争は集団戦闘が原則だ。PTの運用マニュアルも3〜4機による小隊を基本単位として組まれている。
「いいでしょう、その点はブースターの設置や追加装甲、僚機による援護によって解決して行きましょう」
 そこで一旦言葉を切ると、口調を改めて、ある種おごそかとも言える調子で続ける。
「もとより、私達の任務は実機を以って機体・兵装の試験を行うこと、運用するのは未制式の機体に制式後間もない機体です。不満点・改善点が頻出するの当然。のみか、むしろ喜ばしいこと」
 バグフィックスは彼女らにとって重大な任務の一つである。
 いざ実戦に供された機体が、思いもよらぬ誤作動を起す前にそれを見つけ出して対処する、ある意味でそれは、命が失われる前にそれを救う任務とも言えよう。
「機体に関しては整備大隊、ノーマン大尉たちと相談しておくから。フォーメーションや戦術に関してはおいおいに、メリィベル少尉や曹長たちも含めて地道に構築していきましょう」
 そして呟くに、「『戦技研』他の機関での研究成果との兼ね合いもあるしね」
「まぁ、そんな話はそれこそ二機目以降が搬入されてからの話かしらね」
 そっとぼやく、
「本当、〈亡霊〉はともかく〈竜〉はいつになるんだか……と、話が少し逸れたわね、最後に操作性に関して述べなさい」
「私見ですが、Mk-1やビルトシュバインに比べると、いえ試作機に比べても格段に扱いやすくなっています」
 試作機より、制式採用機が扱いやすいのは当然のことだが。
「これならミッシェルやイスミでも少し訓練すれば充分使い物なるでしょう」
 直属の部下たちを引合いにだして、その性能を賞賛する。
「あら、シミュレータでの成績を見る限りは、アンリ曹長もカシマ曹長も、二人ともスジは良いようだけど」
 アッバード少佐の言葉に、ローラン中尉は少々苦笑する。
 彼女らがパイロットして優れた能力を、少なくとも素質を持っているのは事実だ。しかしながら、彼は敢えてこう答える。
「少佐だってご存知でしょうに。シミュレータと実地は別物だと、潤滑油の匂いに駆動音、エンジンの発する熱にビームによって沸騰した地面が発する臭い、そんなものまでは再現されませんからね」
 そう言うローラン中尉自身がPTでの実戦は数えるほどしか行っていないという自覚が言わせる言葉である。
 彼はヴァルカン計画の始動に伴い、戦闘機部隊からこの小隊の隊長へと引き抜かれた人物であるが、その時にイタリア北部のアビアノ基地に於いて、他の幾人かの新設部隊の隊長らと共に兵科変更の研修を受けている。その際、パトロール任務中に偶発的に発生した事件やテロル鎮圧などで実戦を経験している。
 それだけとも言えるが、未だ慣れは発生していない。それゆえにシミュレータと実地の違いを生々しく感じていた。
「まぁ、そうね」
 そう、ローラン中尉の発言を肯定する。
 部下が慣れからくる慢心に侵されていないことに満足しながら、そろそろ終わりにしようかと考えた。
 そして最後の命令を出す。
「ご苦労でした。ユークリッド=ローラン中尉。以上で本日の試験は終了とします、すみやかに機体を格納区画に収容すること。その後、四十五分の休憩を与えます。休憩終了後、本日の試験結果をレポートに纏めて、私の執務室まで出頭すること」
 最初と最後くらいは真面目にしなければならないと考えたのかはさだかでないが、それまでとはうってかわって随分と事務的な口調であった。
「了解です」


 およそ二時間後。
 ユークリッド=ローラン中尉は基地内部のテレサ=アッバード少佐の執務室へと出頭していた。
「……なるほどね」
 室内にはローラン中尉から提出された試験報告書を読んでいるアッバード少佐の姿があった。当たり前だが今回は声だけでなく姿もちゃんとある。椅子に腰掛けているので判りづらいが、彼女は160cm足らずの小柄な女性であった。
 背の中ほどで一本に編み込まれている、少し癖のある豊かな黒髪が、そのイタリア人らしくよく日に焼けた肌の、小柄ながらも肉感的な身体をふんわりと包み込んでいる。
「ご苦労様、確かに受け取ったわ」
 一通り目を通し終えると、アッバード少佐は顔を挙げて、目の前に立っている部下の労を労った。
 彼女の顔があらわになる。薔薇のルージュのひかれたふっくらとした唇に、すらりとした鼻筋。見た感じでは三十前後だろうか、まず水準以上の容色の持ち主である。そして中でも見る者の目を惹きつけるのが、その理知と稚気の共存する茶色い瞳である。そしてそこには今、満足気な光が湛えられている。
「はっ……!」
 その返答のさいの間にふと、気付く。ローラン中尉が何か言いたげにしているのを。思い返せば、先ほどからなにやら様子がおかしかったような気もした。
「……どうしたの? さっきから妙にもじもじしているけれど……トイレ? もしそうなら駄目よ、軍人が苦しくなるまで放っておいたらしたら」
 顔をしかめながらそう尋ねる。
 いきなり下の話で下品なと思われるかもしれないが、これは意外と重要で、当然のことでもある。軍人たるもの、いつ緊急出動がかかるともしれない身の上だ、これでいざと言う時に便意で身動きがとれないなどとなったら、単なる恥どころか下手をすれば部隊全体の生死に関わることだ。
 もしそうならば、何故先ほどの休憩中に行っておかなかったのかと叱責しなければならないと考えたのだが、
「……いえ、そういうわけでは」
 違うらしい。
「なら、なに」
「……なんと言いますか、今更と言えばこれ以上に今更なこともそうそうは無いのですが」
「なに、妙に持って回った口を利くわねぇ」
「……我ながら遠慮なく破壊してしまったのですが、良かったのでしょうか?」
 先ほどの実機試験で標的として破壊した戦車に戦闘機のことである。確かに今更である、特に最後のバルドングなどは屑鉄にすらならないかもしれない、それほどに容赦といったものが一切感じられない攻撃だった。
 ローラン中尉はおおむね常に冷静である。軍人として一人の成人男性として自己を厳しく律していた。かといって、別に頑迷というわけでもない。多少堅物の嫌いはあるが、同時にその思考は柔軟性をも備えていて、必要以上に気負うところがない。
 その彼にしてあれである。戦闘の最中に訪れる高揚感はいかんともしがたい。やがて、それは研ぎ澄まされて先鋭化し、機体と自分が一体化したような心地をパイロットにもたらす。
 どこぞの侯爵のように加虐的な嗜好は持たない彼であるが、圧倒的な力を以って敵を蹂躙し殲滅することはやはり快感である。それに酔って流されるような馬鹿でもないのだが、決して無視できない影響を彼の精神に及していたのか、常に無く昂揚して不必要なまでに過剰な攻撃を加えてしまったと言う、苦い自覚があった。
 そして無人機相手の試験演習とは言え実弾での戦闘である。一歩間違えば死亡する恐れも無いわけではない、緊張とまではいかないが手を抜くほどに油断する気も無かった。
 だから当然の結果と言えばそれまでなのだが、……高価な電子兵装などは外されているとは言え、四機合わせれば数千万ユーロ、下手をすれば億にも達する。
 別に彼が自分で弁償する必要など無いし、金銭面ではどこまでいっても平凡な個人であるところのユークリッド=ローランが賄えるものではありえないのだが、士官と言えでも所詮は薄給の身の一公務員、やはり気になる。
 それに単純に下世話な金銭的な憂いだけでもなく、戦力的な意味でもまた気が咎める。メッサーもバルドングも共に既に最新鋭でこそないが、まだまだ型遅れと呼ばれるには早い機種である。戦力としても充分に実戦に耐え得るものがあるし、減価償却にはまだ早い。
 何より、一部の基地・部隊などでは、更に旧式の機体が現役である。風の噂にPTとまで贅沢は言わないが、せめてアレらを廻してもらいたいと希望しているというふうな話も聞いていた。恐らく事実だろう。
 ひるがえって今の己を省みるに、最新鋭の兵器であるPTでもってその戦車・戦闘機を破壊しているのだから。
 生真面目な彼として気にせずにはおれなかったのだが……
「なんだ、そんなこと。貴方が別に気にする必要は無いわよ。そもそも命令したのは私だし、初めからそのつもりだったし」
 あー、いいのいいの。と、気軽に言いながら、右の掌を自分の顔の前でぷらぷらと振る。
「でも、まあ、確かに派手にやったわね」
 偽らざる感想である。責めているわけではなく、彼女は寧ろ褒めている。
「より正確なデータの収集の為にも、ある程度予算の枠内で使い潰す許可は出ているから。それに……」
 実のところ、最近の上層部では武器弾薬に戦車・戦闘機が消費されるのを推奨している節があった。
「太っ腹よねー、本当」
 明らかに信じていない口調で呆れたように言う。
 と言うのは、そろそろ装備を新型に入れ替える時期である。
 連邦軍、地球圏の守護者たるを自認する彼らとしては装備は常に最新・最強でなければ困るし、軍需メーカーもまた軍の定期的な装備入れ替えの時期を最大の稼ぎ時と認識して、それを前提とした開発スケジュールを組んでいる。
 そこへ来て、軍が旧式の兵器を溜め込んで購入を渋り出しでもしたら大損であるし、軍の高官も軍需族の官僚・政治家もメーカーもそれぞれ困ったことになる。
 それで軍としても新型兵器を導入する為にも、不要となるだぶついている旧式化した兵器やら弾薬・糧食の数々を何とかして消耗してやる必要があった。
 さもなくば、「兵器はまだ充分にあるではないかと」と、一部の政治家や市民団体がうるさく言ってきて、来期の防衛予算が削られる恐れがある。それでは兵器の購入だけでなく、将来的には兵士を養えなくなる恐れが出てくる。
 大抵は手頃な紛争で――無ければ、無理に起してでも――過剰に消費しているのだから、それに比べると今回のデータ収集は遥に有意義な使い道であと言えよう。
 そうして、「数が減った。いっそ纏めて入れ替えよう」ということで、戦闘機はメッサーからシュベールトへ、戦車は縮小されてPTへと入れ替えられるて、残った型遅れの機体は戦略上あまり重要でない部隊に廻される。そして経済にも活力を与えて万々歳である。まぁ、実態は盛大な欺瞞、詐欺みたいなものだが。
「だから、全く問題はないのよ。……微妙にセコイ軍の財テクに加担するみたいで逆に嫌かもしれないけれど」
 言っている少佐こそが嫌そうだった。何ともさもしいことだと思うわけである。ただ同時に流通と言う面から見ても必要なことだろうとも思ってはいる。たんに意義を認めることと好悪の感情は別物だというに過ぎない。
「あぁ、それと財テクで思い出したのだけれど。さっきの運動性の話、どうも上層部がマオ社に操作性と量産性を重視するように要請したというのが真相らしいわよ」
 質より量。つまり莫大な金と時間とが掛かる、必要以上の性能は不要ということだ。少しでも早く、少しでも多くのPTを連邦軍は必要としていた。
 これ以後に陸続と開発・進化が続けられるPT・AMの歴史を考えればゲシュペンストMk-Uの運動性など高が知れている。
 しかし、現時点に於いては実際にPTの操縦・運用を行ったことのある部隊は限られていた。
 過去に存在した特殊戦技教導隊にPTXチーム、現在存在するATXチームにSRXチームなど、ごく一部の試験部隊を除いた連邦軍の大多数の方面軍,部隊にとって、PTの運用は今なお未知の領域だったのである。
 なにせ“ビルトシュバイン”の例もある。
 “PTX‐005・ビルトシュバイン”それはゲシュペンストに継ぐ量産主力候補として開発が進められるも、結局は生産コストや取り回しの面から採用の見送られた機体であるが、その理由は開発に際して、トップエース揃いであった教導隊メンバーの操縦データを基準にして機体反応速度や出力比を設定してしまった為に機体の応答性が過敏に過ぎて、彼らに比べて技量の劣る一般兵士にはとてもではないが操縦できない機体が出来上がったという、こんな笑い話にもならない実話。
 その為、肝心のPTの普及と操作に習熟したパイロットの育成とが急務として進められていた。

 それはここ、南欧支部ローザンヌ基地においても変わりなく。
 欧州方面軍軍団長エスメラルダ=ベラスケス少将直下の第1独立試験戦隊、戦隊司令ホーリィ=ラウ大佐麾下のマーグヌス級高速試作巡洋艦三番艦カロルス=マーグヌス陸戦隊『特殊兵装試験小隊』もまた、PTやPT用兵器の運用試験並びに技術開発に日々従事していた。


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