でかぶれ はつめいファイる2
こうてつざいくのおにんぎょう いち

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【 がおぉぉぉ〜〜っ! 】

「起動……完了。確認した。立ち上がりに問題はないようだ。《A.G.A:THエイガス》の《拘束衣ドレス》を解除してくれ」
 操縦席に腰掛ける蔡道遥ツァイ・タオヤオは、操縦房コックピットの中から試験小隊の仲間たちへと指示を出した。
 キンっと弔いの鐘にも似た硬質な音が響いた。漂着した巨人ガリバーに架せられた桎梏しっこくの如く、鉄の巨人の胴体、手足にかまされていた束縛が解かれていく。
 平坦な壁――正しくは天井を眺めながら、蔡はじっと音に耳を傾け、その時を待つ。運搬の都合上、巨人を象った兵器は人間でいえば横たわった姿勢にあったので、中に乗り込んだ青年の身体も横だおしになっていた。
 球形のコックピットは見た目の構造としては古典的な機械式ジャイロスコープに近い。半固定の操縦席は《A.G.A:TH》の傾きに応じて上下左右に動いた。ただし、その姿勢の傾きは完全に一致してはいない。だいたい四分の一程度の動きだろう。
 感覚としては、寝椅子に腰掛け、身体を傾けた状態が近い。
 取り外されていくのは、移送する時に機体が動いて、アルミニウム合金製の頑丈堅固な隔壁や床にぶつかって破損することがない様に床にしっかりと固定する為の固定器具だった。精密な機材が壊れないようにする処置でもある。
 それは、蔡が評した通りに拘束衣に似ていた。加えて簡易の機体調整室を兼ねるカーゴルームに設置されている素人目には何に用いるものとも知れない機械装置から伸びるケーブルが、人間でいえばうなじや手足に相当する三箇首の裏側と股関節に当たる部分に接続されている。その姿は病院の集中治療室で生命維持装置に繋がれている重篤の患者を思わせる。
 生気なく、仰向けに臥した瀕死の巨人。あるいは根本もとより生命無き鉄の塊。
 音は途切れ途切れに鳴った。一拍ずつ間を置いて鳴り響く様は、ますます弔鐘に似ている。だがこれは弔いの鐘ではなかった。誕生の鐘である。音が響くほどに胎児を戒める拘束は解かれ、高く上がる呱々ここの声の様に大きく高く強まりいく駆動音。
 ほの暗いコックピットの中で、青年はこの産声を身体全体で受け取っていた。
 空気の振動と機体の振動。この聞く者を芯から叩きのめす暴力的な音が、男には好ましかった。
 形態なりこそ大きいがコイツは自分の思いのままに大人を振り回したがるワガママな、そしてそれに反比例して無力な幼子なのだ。自分自身の力では何も出来ず、ただ自分はここにいると主張しているのだ、と機構の発する音と律動の中、確かな実感を持っていた。律動の中に身をおいて、他人に見せることは稀な優しい笑みを浮かべる。あの日から浮かべることも少なくなった自然な笑いだった。
「さて、行こうか――
 今や完全に束縛を脱した巨人が片膝をつく。起き上がり、駆け出すために力を蓄えているのだ。
 カーゴルームの、彼らを覆い隠していた壁が取り払われる。雪まじりの風が……いや、風まじりの雪が飛び込んでくる。木々の枝葉も凍りつき、大気の精霊や人の魂魄たましいさえも凍てつかせる真冬のシベリアの絶対の寒気。
 巨人がたじろいだ。さしもの強い黒金の皮膚も凍え、血液の熱も去り、関節の働きが鈍り始める。
 面白くもなさそうに舌打ちをした。そう簡単には行かないか、思った以上に厳しい世界だ。だが、それでも想定の遥かに上を行くというわけでもない。蔡は原動機エンジンの調子を慎重に持ち上げていく。巨人が再び動きを開始した。
 最後の戒め。胎児を縛り、そして守っていたへその緒が切られた。一瞬、弛緩する様に巨人の動きが停まり、放心した様に膝から崩れ落ちかける。絶望を知った様に、外界を怖れる様に、全身で哀しげな軋みを上げる。
 だが、巨人はいっそうの咆哮を上げて、躊躇いを振り切り、揺籃の座より外へと、飛び出していった。

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 2008-05-05作成 , 2008-05-05最終更新  
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