【 うたっておどれるまほーつかい。そして、けっかおーらい、なの! 】
戦闘機は激しく攻撃を受けていた。
攻撃を仕掛けるのは、球や三角錐、ねじくれた方形といった幾何学的な何か。まだしも生物的な趣きを持つ《WUEM》に比べても、いっそうにワケのわからない、人間の理解を超えた存在だった。
「敵地……つーか、敵の体内に飛び込んだんだ、さっきまでみたいな静けさの方が、よっぽど異常だとは思っていたんだがな」
戦闘機に近づき、取り込もうとしていた五芒星――むしろ金属で造型したヒトデのオブジェめいたモノを機関砲で粉砕する。
この時点に及んでは、ステルス性もなにもあったものではないので、発射口は全開になっている。また、即座に対応しなければならない状況で、発射のたびに開いている様な時間は惜しい。その手間は悠長を通り越してもはや絶望的である。
「お嬢ちゃん。アンタか?」
「そうだよ。《結界》を張って見えなく、と言うかこの世界に同化させていたんだ」
何が、とは問わない。目的語の省かれたティモシーの確認を晶は肯定する。
「そうか」
結界が何かは敢えて聞くまい。どうせ問いただしたところで理解できるとも思えなかった。
「ところで、コレって白血球か何かっすかね?」
襲い掛かってくるものを指してミーチャが言った。
「アホゥ。白血球は血液の中にあるもんだろうが。ここは食道だか胃だかどっかその辺だろ……いや、そうでもないのか。まあ、ある種の免疫機構って意見はあながち的外れでもないのかもな」
反射的に否定しかけ、だが妥当な意見だと思い返し、肯定する。
「うん。世界――むしろ、規模的にも性質的にも、ココって魔術で構築された結界の内部や、異相空間に近いんだけどさ、一個の完結性を持った世界である以上は、異物に対して自浄作用が働くんだよね。性質の異なったモノを認めてしまうと、同一性を保てなくなって崩壊するから」
「それなら、こうしていると、ここも滅びるんすかね?」
「……まあ、そうだね」
どこか含みのある表情で言った。それにティモシーはピンと来た。
「……どんだけ、かかる?」
「そうだねー、自然発生的な、一個の完結した世界で、かつ魔術的な素養のないお兄さんたち二人が観測するだけで破壊――混沌を秩序へと定義するとするなら……うーん。弥勒菩薩が降臨しちゃうかもね」
「は?」
「ミロク?……ああ、マイトレーヤ。何十億年だかいう仏教のあれだな?」
納得一転、ざけんな、と一瞬剣呑な光が目に宿る。
「うい、うい。まあ、それは冗談だけどさ。でも、実際、冗談抜きで百万年は掛かるんじゃない?」
「ひゃく――」
ミーチャが唖然とする。ティモシーも動揺しなかったわけではないが、先ほどの十億年単位に比べれば遥かに短いと考えれば衝撃は少なかった。
「……って、騙されてるな、俺」
苦笑する。馬鹿馬鹿しい限りだが、不思議と怒る気にならない。
「まあ、まあ。ココってば時間の概念も曖昧だから、やろうと思えば一秒を一億年にすることだって出来るんだよ……理論上は」
「理論上は、ね」
実のところこうして外と中で同じ時間が流れているのは、ティモシーやミーチャを含む現代人が、時間というものは二十四時間だということを知っている――あるいはそう定義し、思い込んでいる為に、ココでもその様に流れているに過ぎない。
「あはは、人間の精神力じゃ無理なんだよね、実現するのは。でも、別にそんなことに頼らないでも、もっと手早く滅ぼすことは可能なんだよ」
「ほう?」
「《核》を潰せば良いんだ」
「……《核》っすか?」
「そう」
「どれがそうなんだ?」
「どれでも一緒だよ」
「……………………」
どういうことだ、と眼に、鼻に、口許に、顔いっぱいに疑問符を浮かべる軍人たち。
「世界に《核》なんてないもん」
「はあ……?」
ますます解からない。ないものを、どうやって潰せというのか。
「さっきから、言ってるじゃない。全てはお兄さんたち観測する者の主観次第だ、って」
「……解かったっす、わかったっすよ。つまり、こういうコトっすね、オレたちが《核》がある、そこを潰せばココは壊れるって思い込めば良いんすね?」
「そゆこと」
「……なるほどな。だが、ソイツには致命的な問題がねーか?」
「問題?」
不思議そうな顔をする。
「なに、簡単な話だ。俺とミーチャは別個の人間だっていうな」
「……あ」
晶は初めてポカンとした顔をする。どうやら失念していたらしい。
「へ? どっどういうことっすか」
「これから説明してやる。だが、お前も少しは思考しろよ。つまり、独立した思考を持つ俺たちが、完全に同一の《核》なんてものを思い浮かべられるのかって話だ。現にさっきから、星にしろ、世界の広さにしろ、そこらかしこ相克してやがるだろうが」
「マズったなー。そう言えば、お兄さんたち魔術には素人なんだよね。意識の統一や統合意識体の想像なんて、訓練受けているわけないんだ……ボクら魔術師には技術以前のものだから、考えもしなかったけど」
「……む、無理なんすか?」
「ああ、大丈夫、大丈夫、ちょっと効率は落ちるけれど、ボクが手伝うから」
「どーするんだ?」
「ボクが仲介――触媒になって、お兄さんたちの意識を一時的に繋ぐの。あ、安心して、繋ぐって言っても《核》に関しての部分を、それも一瞬だけだし。それ以上、魔術的な素養もない人たちの意識を完全に統一するなんてのは、出来なくもないけれど、疲れるだけでこの場合は無意味だし」
「どうやれば良いんすか?」
「別に、気を静めてくれてれば良いよ。とりあえず、ティモシーさんはこの戦闘機――F‐22Aもどきの操縦をしなくちゃならないから、ティモシーさんはそのままで、《核》を見つけてやるって念じておいて」
言われた様に、ミーチャが静かにして、一秒も経過しただろうか、
「はい、もう良いよ」
「って、早! もう良いんすか?」
唖然とする。
「うん。だから、一瞬だって言ったじゃない」
「いや、でも、だって」
普通はもうちょっと魔術じみた事が行われるのかと考える。
「だって、そもそも魔術ってほど高等な術じゃないし」
そう、晶は、不満げに言った。文句をつけられたことが腹立たしいらしい。
「どっちでも良いじゃねーか」
ティモシーが莫迦莫迦しいと思いながら、仲裁する。
「そうだね。それよりも」
「……アレが《核》っすか」
見た目には何も変わっていなかった。先ほどから変わらず幾何学的な図形の様なものたちは飛び交っている。だが、そのなかに、他と姿は変わらぬはずなのに、目を――意識をひき付ける三角錐があった。
「そうだな。俺たちはアレを念じたらしい」
それこそ、ティモシーたちの思念に応じて《核》たる役目を与えられた存在だった。
「アレを撃ち壊せば終わりなわけだ」
戦闘機は飛び交う物体を掻い潜り、猛禽を思わせる勢いで強襲し、機関砲を叩き込んだ。
だが、
「堕ちやがらねぇだと」
話が違う、と一瞬動揺した。
「……少尉。他に何か変なこと考えなかったすか?」
「知らねー。が、もしかすると、無意識のうちに、《核》ってんだから、他よりも硬いかもなー、手持ちの武装じゃ効かないかもなー、とか思ったかもしれないな」
部下の指摘に、きまり悪げに答えた。
「少尉のバカー、バカっす、バカっすよ。折角の勝機を自分で壊してどうするんすか!」
「上官に向ってバカたーなんだ、バカたー」
自分のことは、完全に――重さに耐えかねて棚が落ちてこないかってくらいの勢いで棚上げしていた。
「あっはっは。まあ、大丈夫だよ。これは予想通りといえば言えば、予想通りだしー」
晶は楽しげに笑った。しかし、言葉の内容は嘘……なわけではないが、ほぼ負け惜しみだった。
「最後の仕上げにボクが手伝うと、しつこい汚れ……もとい強敵もあら不思議、簡単に落とせちゃう……はずなんだよね。どうする?」
「はずってのが多少は不安だが、手段があるってんなら、手伝え」
「テ・ツ・ダ・エ?」
言い方っていうものがあるでしょう、と言いたげに強調して鸚鵡返しにする。
「ああ、わーった、わーった。手伝ってくれ。これでどうだ」
イヤなガキだねー、と笑った。
「うい、うい。素直でよろしーい」
※
若き魔術師はどことも知れぬ空間を飛ぶ戦闘機の機首に立っていた。その愛らしい顔を引き締め、優美な舞を踏む様に手足を動かし、高らかに謡っていた。
我は敲く、月下の門
纏う服は有職故実……を微妙に守ってはいなかったが、平安を思わせる古風な和装だった。
闕腋の袍にまいた石帯には魚袋が吊るされている。腰には螺鈿細工の太刀を佩び、十数本の矢を呑んだ靫を背負った衣の黒も清潔な、勇ましい武官束帯であった。闕腋の袍というのは、主に武官や子供が着たもので、動きやすい様に両脇の下を縫いつけないで開けたままにした上着のことである。
逆に、脇の下が縫いつけられた物を縫腋の袍と呼ぶ。石帯は今風にいえば牛皮のベルトで、魚袋は銀製の鯉が六つ貼り付けられた箱型の飾り具のことで、こちらはさしずめストラップだろうか。
晶は朗々と続ける。
我は謡おう、我が身の上を、四方のモノへと知らしめんがため
聞きたまえ、我が二親の婚姻譚
動くほどに、舞は激しさを増し、声も熱を帯びていく。
四にして創り、すなわち言たるを母にして
五にして 偽り、すなわち 蒼 たるを父にして
外道たる魔術のうちに、生まれ出でたる、守護天童
宇多の堂上、神楽の舞手、綾羅纏える、雅楽の奏手、綾小路が晶の写し身
叫びと共に太刀を引き抜き、剣舞に会わせて、なにやら呪文めいたものを唱え始める。
開門
開け、三千世界に遍く在る扉よ
弥終の彼方より、悠遠なる此方へと
既に、ここに、幾千万の円環を連ね、幾億兆の方形を重ね、界は通じた
もはや、《精霊界》の門は開かれてある
愛らしい顔を引き締め、太刀を高く大上段に振り被り、声も高く命じた。
白刃が煌めく。
須らく来たるべし無垢なる精霊
振り下ろした刃の軌跡、切裂かれた空間、不可視である亀裂から、奔流となって『力』が流れ込んでくる。
「はあー、何がなんだかわかんないっすけど、格好良いっすね」
「ありがとー」
気の抜けた、『力』を感じる素養も無ければ訓練も受けていない者に特有の能天気なミーチャの賞賛の言葉に、それまでの神秘的な風情もどこへやら、ヘラヘラと手を振りながら、照れた様子で礼を言う。
「今のは何だ?」
ティモシーのある種人間離れした、と形容するべき鋭敏な感覚は、奇妙な空気を感じていた。それまでとは明らかに違う。爽快も不快も超越した、圧倒的な威圧感を感じる。
悪い気分ではないが、常識人を〔異論ばかりのはずだが〕自認するティモシーにとっては、感じたことの無い感覚だった。
「やー、スッゴイね、ティモシーさん。この子たちのことにまで気付いちゃうんだ」
感心したと言うよりもむしろ、呆れた様な声だった。
「ほんとうは、通常の感覚では捉えられないし、計器にも映らないはずなんだけれどなー」
それは、もはや人間としては規格外。むしろ霊を見る猫や、魔を払う犬に近い。
「……何か、いるんすか?」
怪物に、魔女と来て、次は幽霊でも出たかと薄気味悪そうに、たずねる声もうわずっていた。
「確かに霊ではあるけれど、幽霊ではないよ」
「なら、悪霊か?」
「あはは、《精霊》それ自体には明確な自我は無いから、祟ることもなければ祝福することも無いよ。だから、悪霊も聖霊も、欲を備えた人間や神霊から出るものであって、根源たる《精霊》から生じることは無いよ」
「なんだ、そりゃ」
首を捻る。
「しっかし、冗談にマジで返されるとは思わなかったな」
それとも、魔術師なりの冗談なのだろうか。それさえも判然としない。
「霊にも色々種類があるってこと」
言いながら、どこからともなく取り出した、淡く空色に光る縄を振るった。
「はいはい、君たち会話の邪魔、邪魔」
振るわれた縄は、万丈に伸びて飛び、いましも戦闘機に向って飛び掛かろうとして来ていた円柱の群を打ち砕いた。それは壊れると言うよりも、消滅するといった方が相応しかった。
二閃、三閃、矢継ぎ早に霊縄を繰出して、周囲数十メートルの空間を一瞬にして空にした。
「うわ、凄いっすね、てか、もしかしてこのまま晶ちゃんだけで《核》もぶっ壊せるんじゃ?」
「かもな。ってか、なんで縄なんだ?」
背中の弓矢は飾りなのだろうか。
「うん。飾り」
「なんだ、本気で飾りなのかよ」
「だって、ボク、弓道の心得なんて無いし」
「そういう問題なのか」
呆れた様に突っ込みを入れる。
「そういう問題だよ。そりゃあ、《鳴弦》って術法もあるけれど、それだって弓の弦を手で引いて掻き鳴らすことで邪気を払うものだから、矢は使わない。そして、この縄は《注連縄》なんだよ、神域と外界とを断固として分かつ、ある種の結界――」
そこで一旦言葉を止めて、
「ですので、あいにく防御専用なのですよ」
おどけた様子で、莫迦丁寧に言った。
「注連縄っつーと、ジンジャのあれか。しかし、守りが堅固なのは良いことだが、守ってばかりじゃ勝てないぞ」
「それは当然。ちゃーんと切り札はあるから安心、安心」
片膝をつき、装甲版にそっと手を触れる。
蒼き業をもって、我は三にして奏でられたる機巧、すなわち人機一体の理法へと通暁せん
目覚めよ、堅く冷たき体躯のうちに、確かに宿りし熱くしなやかな霊魂よ
呪文の詠唱が進むほどに、晶の姿が薄くなっていく。
我は汝を誘掖する者、介添えの杖である
霊魂、すなわち情報たる我は、魂たる汝の傍らに住まん
そして、幼い魔術師は完全に消えた。
「お、おいっ!」
「なーに?」
ティモシーが驚いて呼びかけると、筐体内部にノーテンキな声だけが響いた。
「……死んだかと思ったぞ」
あるいは逃げたかと。
「死なないって。本体が無事な限りは」
どこからか響いてくる。周囲を見渡すが姿は無い。機首にも、ティモシーとミーチャ両名の後ろにも。
「どこに行った」
「はーい。ミサイル――中距離空対空ミサイルAIM‐120C・AMRAAMに憑依してまーす」
不必要に詳しい名称を持ち出してくる。
「なぬ?」
「今のボクは付喪神――ミサイルの《核》、器物に宿った精霊でーす」
「ツクモガミって何すか?」
「うーん。だから、器物、つまり色々な道具に、時間の経過によって精霊が宿った結果、魂――《精霊》と《物質》からなる多層的霊物構造体が芽生えた存在? 『層状情報擬生体』なんて呼ぶ人もいるかな」
言葉は相変わらずどこからともなく響いてくる。
「魂って言うのはね、幾らでも分割できるし、複写する――まあ、劣化コピーなんだけれど、複写することが出来るんだ。そういう意味では、極めてデジタルなものなんだよ。ただ、それを収める器がなくなったら消えちゃうんだけれどね、すぐに」
唐突に晶はそんなことを言った。
「ますます、わけがわからねーんだが」
困った様に右目をつむり、どーしたもんかと苦笑する。
一応は熱心に説明してくれるのだが、本当にさっきからまったく解からない。得てして専門用語というものは、前提として聞く側にもある程度の知識がないと、かえって理解を阻む壁となる。
その好例だった。
「ん〜。ま、良いじゃん、良いじゃん。流して、流して」
不可解の原因が、こういうことをのたまう。
「つまり、複写された魂。ボク自身がそういう存在だからね。言ったでしょう、使い魔だ、って」
「ああ」
「だから、こういう事も出来る――」
そう言うと、高らかに命じた。
転輪
廻せ、七種の法輪。身、心、神、真、基幹たる機関
軍荼利明王よ、とぐろを巻く蛇よ
水の霊よ、回れ、昇れ、火の霊よ、気の霊よ、位相を転移せよ
発し、至るべし
赤色会陰、橙色丹田、黄色水月、緑色胸隔、青色咽喉、藍色眉間、白色百会
白兵呪、火兵呪、怨敵降伏、天魔折伏――
「って、感じで、昔っから、綾小路の家に伝わってる攻性魔術の定型句だけどさ、唱えるたびに思うんだよね。センスないよ、これ、絶対。て言うか、古すぎ。ボクが奥義を窮めた暁にはさ、変えてやるって決めてるんだ。ついでに、ここみたいな《電脳界》だと、《物質界》とはまた発動に至る手順、段階が違うしさ」
言って、そして自分の呪を完成させる。
千変万化
擬態せよ、化身の霊よ!
无疆なる零、大いなる壱、電界の鬼神よ、律令に従い、速やかに走り、繰り広げよ、果てしなき演算を!
「お前、コイツは――」
筐体のディスプレイに表示される、機体のコンディションを見て、何かに気付いた様子で、ティモシーが目を瞬かせる。
「そう。第二世界の超兵器。と言っても、結局はデータに過ぎないけれどね」
「データだろうが、なんだろうが、存在その物が機密だぞ、これは――」
そして、そこで更なることに気付いた。
「って、そういうことか。霊魂がどうだの、ツクモガミがどうだのって話は正直理解の外にあったが、第三世界の『生き、そして意志ある機械』ってやつだな?」
「おー、あったりー」
パチパチと手を叩く。
「正確にはボクの魂、つまり霊的情報の一部を転写して、ミサイルの――この場合は、ミサイルを象った集合情報体だけれど、その奥に存在する魂の萌芽を励起してあげたの。それで、まだ、自我を持つまでには至っていないから、そこにボクが割り込みをかけているってわけ」
「それが、憑依か」
「うん。そこから、存在を構成している情報を書き換えて、再構成してみたってわけ。まあ、《電脳界》だからこそできる荒技だよね」
ティモシーは少しの間、思案をめぐらせた。
相変わらず無茶苦茶な話ではあるが、理にはかなっている様に思われた。
「ふんっ、それで、ミサイル――を超越した何かに憑依したって。つまり、それを撃て、と?」
「イエース。ザッツライト!」
「なんつーか、もう、日本語独特の語彙みてぇーだな」
完全に日本語なその発音に、苦笑するアメリカ人。
「って、それこそ晶ちゃんが死なないっすか?」
「死なないって、だから」
苦笑した気配があった。いいかげんしつこい、と辟易した様子だった。
「まあ、アンタが死のうが生きようが、実はどうだって良いんだが……なんで、そこまで手伝ってくれるんだ? 今更だが」
目を細め、おちゃらけは許さん、と心奥まで射抜く様な、ぞっとするような眼つきでたずねた。
「ほんとにいまさら。うーん、まあいっか、別に隠すことでもないし。ティモシーさん。《竜士》候補の最後の最後で蹴り飛ばしたっていうの貴方でしょ? ちょーっとキョーミがあったんだな、それだけだよ」
「……そいつは一応、さっきの軍事機密どころじゃないレベルの最高機密のはずなんだがな。なんでソレを……って聞きたいところだが、アンタ答える気はあるか?」
「ふふん。ここまでで、あらかたのヒントはあげたと思うけど」
「……軍事マニアって言ってたな。おまけに、こんなところまで潜り込んで来る技術――それとも能力か? どっちでも構わないが、そんなことが出来ればどんなに強固な防壁もザルみてーなもんで、情報だって盗り放題か――」
ふんっと鼻先で笑う。厄介な小娘だと思った。この子供にかかれば機密も何もあったものではないらしい。
「そゆこと」
重宝してます、と屈託なく笑う。それを見て、「まあ、良いか」とティモシーは考えた。別段、糾弾する必要もないだろう。軍に義理立てする必要も感じない。それに、そのお蔭で自分たちは助かっているわけであるから。それでもやはり思う。
「下手なクラッカーよりもよっぽどタチが悪いな」
「えーせめてハッカーって言って欲しいなあー」
「やられる側からすりゃあ、どっちだって変わりゃしねーよ。まあ、現在進行形で親元にクラッキングを仕掛けてる俺が言えた義理じゃないけどな」
「そんなあからさまにゲロってどうすんすか!」
「オタオタすんな、いまさらだ。それで、どうする?」
「うん。あのね、砲弾が効かないのは、物理的に硬いってのもあるんだけれど、あーいう生命体(?)はその存在を『物質界』よりも『精霊界』により多く依存しているから《物質》と《精霊》の両面で叩かないと滅びないの。あ、《精霊》だけ破壊しても、器が残っている限り無限に再生するから、爆発した直後に航空機関砲も叩き込んでね」
説明する。
「で、さ。『電脳界』は『物質界』に比べて『精霊界』へとより近いんだ。だから、物質界で行うよりも術の行使も容易だし、発動に要する《力》も少なくてすむから、結果的により大きな術が行使できる。けれどね、さっきから再三繰り返している様にボクはあくまでも使い魔だから、術の精度こそ同じくらいに行えるし、本体が使用できる術は全て使える。おまけに《物質》的束縛が少ない分色々と、こんな無茶も出来る。ただ、《力》の総量が圧倒的に少ないから、結果的に威力は劣るかな」
「まー良い。アンタの言ってることは半分も理解できないが、とりあえずミサイルを発射して、爆煙切って飛び込んで、形も残さず破壊してやれば良いんだな」
「そーいうこと。できる?」
「まかせろ」
男は一言で請け負う。
段取りは決まった。後は実行するだけだった。機体へと纏わり付いてくる幾何学図形の群れは、残り少ない砲弾の節約の為に機体の制動で回避し、極限まで一点に引き付け、最低限の減速で機体を反転、旋回させて急激な加速をもって突破する。
ミサイルが発射された。
飛び行くミサイルは既にミサイルの形をしていなかった。しいて言うならば蛇か、神話の竜に似ていた
紫電を纏い、弧を描いて飛翔する。自律的に標的以外に当たるのを回避し、的確に獲物に牙を突きたてる。
着弾。
火竜の吐息が爆ぜた。竜蛇は八対のあぎとをぐっと開き、舌をちらつかせ、標的もろとも周囲を喰らい尽くしていった。
間髪いれず、ティモシーはこじ開けた空間へと滑り込む様に戦闘機を飛び込ませた。
焔が薄れ、ボロボロの《核》が姿をあらわす。
機関砲を発射する。もはや狙いを定める必要も無い、駆け抜けざまに残った弾丸をあるだけ叩き込んだ。先ほどとは異なり、砲弾は有効だった。篠突く砲弾の雨は肉を削り倒し、挽肉に変える。
そして、世界は暗転した。
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