放課後
いつものように
私の通う
その内訳は、初等部、中等部校舎に各々一つ、高等部校舎に二つで計四室の図書室に、県内外の大学部の各
そして初等・中等・高等部の各校舎と文学部の学舎はそれぞれ独立した組織であるが
つまり、鷲王学園には四つの学舎が存在することになる
中央に
だが放課後ともなれば
元々
以前にこう漏らしたら「そもそも、図書室がうるさければ問題ですし、
ともあれ、部室である図書準備室は心地よい静寂に満たされていた……ことなど、私の記憶には一時間たりとも存在しない
「ういーす、諒子ちゃん
私が部室に入ると、部長である三年生の
それにこちらも挨拶を返す
「こんにちは部長。それにアンリ先輩も。今日はお二人だけですか?
「いらっしゃい、リョーコちゃん。うん、今は俺とイスミだけだね。そっちこそ、サラちゃんは一緒じゃないのかい。珍しく
「ええっと、まあ、恒例のアレです
私が笑いながら
「ああ、アレ。彼女も災難だね
「自業自得ですよ
アレと言うのは、補習のこと
どうもあの子は要領が悪いのか学校の成績が良い方ではない。もっとはっきり言ってしまうと、悪い
更に幼馴染として欲目なしでの
「でも、その代り、彼女には
私の思考を読みでもしたかのようなタイミングで、鹿島部長が断言した
それは本当のこと
それも私たち素人による判断だけではなく、あの子に優れた音楽センスがあるのは客観的に事実らしい
「本人はヴァイオリニストになると決めているらしいんですが
鞄から取り出した筆記用具他の必要なものを机の上に並べながら、私は鹿島部長の言葉にそう応じた
「かもね
そう言って笑うと、ふと鹿島部長がいつになく真面目な顔つきになった
どうしたのだろうか
そしてしばらく何かに逡巡しているようなそぶりを見せる
「あの、何でしょうか?
「いや、それでさ
本当に何だろうか。改めて、どうしたのだろうか、と少しだけ身構える
「気のせいかもしれないけれど、あの子最近、何かに悩んでいるような様子はない? 音楽とか進路とかに関して
「悩み……ですか?
ちょっと予想外の言葉だ。思い当たらない
「うん、最初に言ったように、気のせいかもしれないんだけれどね
部長はそう言うけれども、この人はこれでなかなか勘の鋭い人物である。なおかつ昔から、
それに、わたしの事を沙羅が全て知っているはずがないように、私が彼女を完全に理解できているわけがない
だからもしかすると、私が気付いていない事が、何かあるのかもしれない
ただ
「――ちょっと直ぐには思い当たりません。けど、私も少し気をつけてみますね
「うん、そうしてあげて
そう言うと、この話はこれでおしまい、とばかり「パンッ
「ミッシェルー、お茶入れて
「了解。と言うよりも、君らが話している間に、茶葉も茶器も、準備は万端整っているよ
お隣りの図書室は飲食厳禁だけれども、私たちの常駐する図書準備室には茶器一式にお茶菓子が常備されている
一応建前としては、司書の先生か顧問の先生の監督下以外での生徒だけによる飲食は禁止されている
禁止されているのだけれど
自分たちの過去の行状にかんがみてあまり偉そうなことが言えないというのが真相であるらしい
そう。部室は静寂ではなく、お茶とお菓子の良い匂い、そしてお茶会の雑談に満ちているのだ
「おおー、やるじゃん
「お褒めに預かり光栄ですよ、ミ・レディ
鹿島部長の称賛に、笑みを浮かべ、おどけた様子で言う間にも、その手許は休まず、
そしてアンリ先輩が机にティーカップを並べてくれている間に
恐ろしいことにこの冷蔵庫
ただこれは、私たちが呑む分ではなく――こっそりと手を出そうものなら、呑んべの両人に殺される。未成年、学校内、
お茶の用意をするアンリ先輩と私を、どうも手伝う気はないらしい鹿島部長が、にこにこと笑いながら眺めている
そう言えば、この点で部長が働いているところを見たことがない
しかし、そもそもその様子が想像できないし、かいがいしくこの手の家事的行為に励む部長だなんて違和感がありすぎる
「今日はお茶請けが
紅茶で和菓子とは少し
タッパーに入れられた半殺しの牡丹餅を菓子皿に移していく
地方によってはこの半殺しの牡丹餅をお萩と呼ぶ。そして、私はこちらのお萩のほうが好きである。だからちょっと嬉しい
それとして、私たち部員三人と司書の先生へとお裾分けする分だから、深く考えるまでもなく四つだ
すると、アンリ先輩がこう言い添えた
「うん、今日は出席者が少ないからね、特別に二つずつ食べるとしようか
「いいんですか?
嬉しいのは確かだけれど、でも太りそうだ
「構わないさ
実はわが部のお菓子類は、大方をアンリ先輩が用意してくれている
「そうだ。それでも未だ残っているだろう、帰る時に持って帰らないかい?
「……うう、だから太る。太るんですよ、アンリ先輩
私が、そう唸るように言うと、先輩方はおかしそうに笑った
「なら、やめとく?
意地悪だ。わかっていて言っている。しかし、意地悪したがる人間の気持ちもわかる、沙羅に対する私とか
「有り難くいただいて帰ります
「素直でよろしい
繰り返すが、二人のおこぼれに与っているのが我が郷史研の現状である
この放って置いても、美味しいお茶とお菓子を貰えるという、こんな贅沢な環境に一度でも
幸せの内に、それゆえに恐るべき、近い未来の不幸を(勝手に)見ている後輩の横で、鹿島部長が幸せそうな声を上げる
「うむ。美味、美味
満足げに頷いている鹿島部長の姿を見ていると、やはりこの人は他人――具体的にはアンリ先輩を指す――に
お似合いのカップルだと思う
そうして、私たちがいつもどおり、部室でお茶会を開いていると、宴もたけなわという頃に、一人の訪問者があった
こちらは常にはない人の訪れである。訪れた人も珍しいし、部外の人間が訪れること自体が
「あれ、君って確か、生徒会の風琴君じゃないの、どうしたん?
不思議そうに鹿島部長が言ったように、それは2年A組の
「失礼します。鹿島先輩、こちらに、顧問の
前触れもなく突然やって来て、挨拶もそこそこに、一人で用件を告げて、一人で合点する
客観的に事実だけを並べると無作法な感じを受けるが、実際を見ると礼をつくしているように見えるのだから得な人間だ
その優雅な、ちょっとした気取りともとれる物腰と、典雅な硬質の美貌とのなせるわざだろう
文句のつけようのないその女性的な美貌は
男に嫉妬すると言うのも、だいぶ不毛だが、事実だから仕方ない
「うん。来てないね、と言うか毎日来る人でもないし、そもそも金曜日ってあの人授業あったっけ?
「はい、ありません
「ああ、あのセンセ良く携帯切ってるのよねー
鹿島部長の言葉に「はい
色白の肌に映える鴉の濡れ羽色の毛髪が
彼のこういう振る舞いを見るたんびに、私はとある確信を新しく、そしてより堅固なものにする
こいつは絶対、真性のナルシストだ、と
だって、自分に自信のないものに、こういった種類の色香を
使い古された表現だけれども、どれほどに美しい宝石も、原石のままではただの石ころと見た目に違うところはないのだ
それに加えて美貌というものは、磨くことを怠った時点ですぐに曇ってしまう
自分は美しい
たとえもし今はそうでなくても、必ず自分は美しくなれる
そういう強い、強い、誇大妄想じみた執念と確信をもってしてはじめて美貌は結実し、そしてそれを保てる
「残念だったわね。ところで、折角ここまで来たのだから、お茶とお菓子でもいかが?
「ご厚意に感謝を。ですが結構ですので、お構いなく。それでは
生徒会書記、風琴瑠璃は一言礼を述べて、来たとき同様唐突に去っていく
途中、こちらを怪訝そうに窺ってきたのは、はて、もしかすると凝視し過ぎただろうか
はっ、それとも私に恋を……はありえないな、というかそもそも怪訝そうの時点で
「いや、リョーコちゃん、『ナルシスト』云々が漏れてたよ
声に振向くと、アンリ先輩が苦笑している。ううむ、またやってしまったらしい
「ま、私も同感だけどね。素材だけであそこまでの耽美な人間は出来上がらんでしょ、相応の研磨をしてやらないと
鹿島部長が同意してくれた。真顔で
そう。彼は立ち居振る舞いがきびきびとしていて、姿勢もすっきりとしているのだ。そしてこれは習慣と鍛錬によるものだ
それで目測一八〇センチ
「それはそれとして
鹿島部長が話を変える
「ドーニャ姐さんもそうだけれど、その妹ちゃんも含めて今日はやっぱり他には誰も来ないようだから、お開きにしましょうか、そろそろ
時計を見るに、もう結構な時間である
まあ確かに、元々私たち郷史研は所属する部員の大半が幽霊なわけで、また今日が金曜日だということも影響しているだろうが、やはりちょっとこれは酷い。鹿島部長の言うように今日のところはそろそろ退散時だろう
学校行事での発表会をのぞけば、日頃の活動はただお茶を飲んで
ともあれ先ほどのアンリ先輩の言葉に甘えることにした私は、余った牡丹餅を持ち帰る為にラップに包んで お昼に役目を果たして空になった自分の弁当箱に詰め込んだ
母は弁当箱を汚すのが嫌いなのか、サンドイッチやお握りを更にラップにくるんで詰め込む習性がある
何でも、洗う際にご飯粒が乾燥してこびり付いていたり、ソースやマスタードの汚れが酷いと、手間がかかって仕方がないのだそうだ
「タッパーごと持って帰れば良いよ
そして散会の後、下校する前に、私が教室に寄ってみると、やはり沙羅はまだ、補習中だった
全て終るにはまだしばらくかかりそうだ。両方ともお疲れ様だと思う
そこで沙羅に、そして大多喜先生にも、一つ、二つ、牡丹餅を差し入れると、先に一人で帰ることにした
待っていても仕方が無いし、じっと隣で待たれていても、気詰まりで仕方ないだろう
それに冷蔵庫の中ならばともかく、午後とはいえ夏の常温に長時間放り出しておきたくはなかったから
そしてちょっとした近道として、市の政策として残されている雑木林の中の細道を突っ切る道すがら、私はそれに出遭った