ワーグナーの街を疾走する。
自分が嫌う緑の髪を隠すためのフードが背に流れたのを直す事もできない。
入り組み光の差し込まぬ路地を利用して追手を撒く。
しかし、すぐ次の追手に見つかる。
「ったく、なんだってんだ、お前はっ」
別の路地へ逃げ込みながら、後ろを走る少女の手を引き叫ぶ。
「……っ。」
さすがにこの小さな体では、体力が限界なのか、返す言葉も出ない様子。
「ち、大人しくしてろよっ」
そう告げて、少女の体を抱き上げる。
お姫様抱っこなどと言われる体勢に少女が抗議の声をあげようとするのだが。
「このまま捕まりたくなければ、黙ってろっ!」
一喝し、暗い道を疾走する。
何故俺がこんな目に合うのか。
つい数刻前までは想像もできなかった……。
「ねぇ、あなた。」
まだ幼さの残る声が響く。
薄汚れた外套に身を包む、この街では珍しくもない浮浪者の一人。
ワーグナーの路傍に座り込み、その日暮らしの自暴自棄な生活に慣れていくのを感じていた俺。
そんな存在に声をかけるなんて、物好きか馬鹿の二種類。
ふと視線を上げてみると、声の通りまだ若い……12、13歳くらいの少女の姿。
やや癖のある黒髪、つり目気味の瞳が強気な印象を持たせる。
身なりは悪くない。
動きやすさを重点に置いていながら、質の良い生地のワンピース。
派手さは無いがセンスの良い帽子を被った姿は、その手の仕立ての専門家の手によるものなのだろう。
その少女の口から、
「あなたよ、あなた。耳と口は付いてるんでしょ?返事くらいしたら?」
飛び出す言葉は余りに似合わない。
だが、一瞬で理解した、こいつは馬鹿の部類。
この街で子供が一人、護衛も無しにとる行動ではない。
昔の俺なら、金蔓と思ったところだが、今はもうそんな気も起きない。
無視を決め込むことにして、フードを深く被り視線を地面へと戻す。
と、
【ドカッ!】
蹴られた。
俗に言う踵落としを頭に。
「……返事は?」
悶絶する俺を前に、冷徹な声で問う。
相手をしない限り何をされるかわからない、それを理解し鋭い視線を向け、
「……お子様が……調子に乗るなよ……?」
できるだけドスを効かせた声を出す。
普通の子供なら、これで十分なはずだが、何故か目の前の少女は余裕の態度のまま。
「ふふっ……よーし!やっと話ができそうね?」
そう言って、にっこりと笑顔を浮かべた。
まさか笑顔で応えられるとは思わず鼻白んでいると。
「どうせ何もすることないんでしょ?だったら私に手を貸してよ、おじさん。」
【ピギィ!】
……いや、別に怒ってはいない、子供から見たら年上の人は、みんなオジサンなんだろう。
「……なんで俺が、今始めて会ったガキの子守をしなけりゃいけないんだ?」
冷静に、当然の指摘をしてみる。
この街で何の縁もない人物と不用意に接する事自体が危険なのだ。
この子にとっても、俺にとっても。
至極当然の指摘に対して、少女は首を傾げながら、
「んー。なんとなく?こんな所で腐ってる割には、目まで腐ってないから気になったの。」
なんでもない事みたいに、あっさりと言う。
何もかも諦めたつもりだったのに、まだ諦めきれていない。
そんな部分を見透かされている。
少女の指摘はただの思い込みなのかもしれない、が、それでも。
「……ふん、報酬次第だな。ガキの小遣い程度で手を貸す気はないぜ。」
魔が差したのかもしれない、つい考える前に言葉を出してしまっていた。
そんな俺に少女は満足気な顔を見せ、ポケットから取り出した金貨を1枚投げてくる。
「まずは手付けね。上手くいったらグランでも宝石でも好きな方で払ってあげる、だから……。」
と、言葉の途中で、ふと周りに影が差す。
影の主は、これまた見るからにテンプレートな格好のゴロツキ達。
「へっ、やっと見つけたぜ。お嬢ちゃん。」
口調までテンプレートだった。
まぁ、ここで奇抜な台詞を吐かれるのも困りものだが。
「面倒なことに巻き込まれたかね……これは。」
ぼやきつつ、素早く立ち上がると、手近な男の顔面に拳を打ち込んだ。
絡んできたゴロツキはその場で張り倒した。
意外だったのは少女自身もそれなりの修練を積んでいるらしいことだった。
確か小太刀とかいう異国のショートソードで、見事にゴロツキ達を打ち据えていた。
が、その後がまずかった。
どこからか、ただのゴロツキではない、訓練された兵に近い雰囲気を持つ連中が現れた。
そいつらは相手にするのは厳しい、そう思えるだけの雰囲気を感じた。
仕方なく少女を連れ、ワーグナーの街中を走る……ただ逃げる。
どれだけ走り、隠れを繰り返したのか思い出したくなくなった頃、ようやく追手の気配を感じなくなった。
一つ溜息を漏らしつつ、一緒に逃避行を共にした少女を見る。
途中から抱き上げて走っていたので、元気ではあるようだが、明らかに不満と抗議の視線を向けてくる。
「……下ろして。」
荷物のように運ばれていたのが気に入らないのか、怒気を感じる言葉。
言われるままに、下ろしてやったのだが。
【ガッ!】
蹴られた。
下ろしてやるために、しゃがんでいた俺の顔面めがけて。
……俺、悪くないよな。
そんな事を頭の片隅で考えながら、しばし悶絶。
「お、お前なっ?!追手は撒いたとはいえ、向こうだってこっちを探してるんだ。こんなところで馬鹿やってる場合じゃないんだからな?」
意外に大声になった俺へ向けて、人差し指を口元に当てて静かにしろとジェスチャーする少女。
慌てて口を押さえ、周囲の気配を窺う俺。
どうやら今の声は追手には届かなかったらしい、安堵からひとつ溜息を落とし、
「ったく、仕方ないとりあえず、少し休める場所へ行くぞ。ついて来い。」
新しい追手に見つかる前に、街外れの廃屋同然の小屋が並ぶ一角に、自分の使っている隠れ家まで移動する。
ここならば少しは時間が稼げるはずだ、その間に、話を聞かなければならない。
……事情説明もなしに、ここまで付き合う俺は相当お人好し、なんだろうな。
家具も何もない、殺風景な室内。
椅子すらないため、適当に地面に腰を下ろす。
少女の方はさすがにそういうわけにもいかず、困ったように戸惑っているがそれを無視し、
「そういや名前もまだ聞いてなかったな。……俺はフィーン見ての通りの職無しだ。」
咄嗟に嘘の名前を言う。
慣れているし、そもそも俺にとって名乗れる名前。
「Seven=F」という名前は苦い思いしかないというのもある。
「ミヤビ。」
少女も名前だけぶっきらぼうに名乗ってそれ以上自分の事について口を開く気はない様子。
これも別に珍しいことじゃないので気にはしない。
「さて、ミヤビちゃん。事情の説明くらいはしてくれるんだろ?手を貸せってのも、今の奴ら絡みなんだろうしね。」
本当のことを話してくれるかはわからないけど。
と、心の中で思いながら問う。
「……そうねー……。」
少し考える様子を見せた後、ミヤビが告げた話を聞いた俺は頭が痛くなるのを感じた。
要約すると。
ミヤビは家出人ということらしい。
家はこの街の商家の一つ。
そんな人物が一人で出歩けば、弱みを握りたい商売敵や身代金を狙う奴らにとっては恰好の餌だ。
「……居心地が悪いのよ、この街は……男の人にはわからないと思うけどね。」
この言葉である程度の事情は察することができるというものだ。
ただ女の子が一人、家を出たところで、その先に待っている苦難は大きいとは思うのだが。
「馬鹿にしてるでしょ?」
思ったことが顔に出たのか、少し怒った声で聞かれた。
「これでも剣の腕には自信あるし……この街を出たら、当てもあるの……傭兵団の人でね、お客さんで来た時に話をつけてあるんだ。」
そう話ながら、今まで見せなかった年相応の、明るい顔を見せて夢を語る。
俺にはそれが眩しく感じられ、フードを目元まで引きおろしてしまった。
「この街から出たいから協力しろって事か。」
下手すりゃ俺が誘拐犯だと思われる可能性が高い。
今のやつらも背後には街の有力者が居るだろう、リスクばかり高い話だ。
それでも手を貸さないという選択は頭になかった。
「よくよくジョーカーを引かされるらしいな、俺は……仕方ない手伝ってやるよ。」
たぶんそれは感傷……自分には夢を語った子供時代がなかったから、その代わりにと。
一瞬嬉しそうな顔を見せ、すぐそれを我慢するミヤビの態度に少し和まされながら考える。
「街の外へ逃げるにしても馬車とかは、あいつらに押えられてるだろうしな……。」
【カタカタ】
部屋の隅から不意に物音がした。
ミヤビはびっくりして音のする方を見るが、そこにはガラクタが無造作に放置されているだけだった。
そこにあるもの、ゴミの山。
壊れたものや、いらなくなった物、そういうものばかりが置かれている。
「あー……見つかったか。」
普通ならわかるはずがないような人の気配。
おそらくさっきまでの連中が仲間を連れてきたのだろう。
小屋を遠巻きに包囲しており逃げ場は……ない。
「逆に都合がいいか……逃げ場がないなら悩まなくていいね。」
誰かと会話しているかのような口調。
「何?一人でぶつぶつ言ってる……の?」
まだ何も感じていないミヤビだけが不安そうに尋ねてくる。
本当のことを話しても不安を増大させるだろう。
だから、
「ここでお別れしよう、ミヤビちゃん。」
不安がらせないよう、努めて明るい声で告げた。
確実にこちらを捕らえるつもりなのか、相手の包囲が動く気配はない。
あぁ、ちなみに、お別れしようと言った瞬間に殴られた。
ちゃんと説明は聞いて欲しい。
「この隠れ家にはね、抜け道があるんだよ。」
床の一角に、巧妙に隠した地下へ続く道。
誰が作ったものかは知らないが、街の外へと続いている。
「問題は追手にココが見つかった場合、どういうルートで街から出たのかバレるという事。この街から出た後も追手が来たら面倒だろ?だからミヤビちゃんが逃げた後、俺がここの後始末をするのさ。」
正論だ。
後始末が必要なのは本当なので嘘ではない。
【カタ……カタ】
また物音。
……外の気配に動きを感じる、急いだ方がいい。
「それに俺と一緒だと目立つんだよ……この髪とかね。」
フードで普段は隠しているが、緑色の……人間種にはありえない不自然な色の髪。
自分の体でも特に嫌っている部分だからか、自然と声が沈む。
「さっきから、ずっとフードを気にしてたけど……嫌いなんだ、その髪。」
首を傾げながら不思議そうにミヤビが近づき俺の頭を隠していたフードを後ろに下ろそうとする。
「って、お前何するんだ?!」
いきなりの事に慌てて逃げようとしたが、予想していなかった事と座った体勢が悪く……
「あっ」
「え?」
俺の体に突き飛ばされるようにミヤビが転びそうになり、咄嗟に受け止めようと手を伸ばす。
倒れる手前でなんとか受け止め、そのまま引き起こすと、すっぽりと膝の上に収まってしまった。
あまり人と身近に接したことがないので、固まる俺を余所にミヤビは俺の頭を隠していたフードを後ろに下ろし、
「もっと長く伸ばせば、きっと綺麗だと思うんだけどなー。」
そんなことを呟いて、
「うん。これ……あげる。」
自分の被っていた帽子を俺の頭へ乗せる。
少女の帽子は俺の頭には少し小さく、ちょっと不釣合いだと思うのだが。
そんな事気にする様子もなく。
「そんな必死に隠すから、嫌いになっていくの。これが普通って胸を張って。いきなりは難しいだろうから、最初はこれで慣れていきなさい。」
そう、子供に言い聞かせるようにしながら、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
そして。
「いい?それ、結構気に入ってるんだ。だから、ちゃんと返してよね?」
勘が鋭いのだろうか、何もかも見透かしたかのように言う。
「……あぁ。返しに行こう。後始末をして外へ逃げ切ったら追いかけるさ。だから、早く行け。」
外の気配はすでに距離を狭めてきている……時間がなかった。
言葉と共に、抱き上げたミヤビを、そのまま抜け道の入り口へと下ろす。
「この入り口は誰も入れないように潰すから戻れない、だから、前だけ向いて行け。」
「……うん、またね。」
そんな短いやり取りを最後に少女を見送る。
もう二度と会うこともない、たった数時間の邂逅を終わらせて。
この時はそう思っていた。
ミヤビが抜け道を走り去り、十分だと思った所で、通路の入り口に小屋に隠して置いた爆薬を設置する。
これで吹き飛ばせば、少なくともここから抜け道に入ることはできない。
「さて、それじゃ、やりますか……不本意だけど。」
独り言を呟き、部屋の隅のガラクタを蹴り飛ばす。
『いってぇなぁ?!手前、こんな扱いしてただで済むとおもっ……』
頭に響く声、ガラクタの山の中に混じっていた、中心から半分に割れた道化の仮面。
さっきから外の気配を察知し、俺へと伝えていたのは、その不思議な力を持ったマジックアイテムだった。
意思ある道具。
何の因果か、俺はこの道具と浅からぬ因縁があるらしく、こいつの声を聞くことができるらしい。
ただ、口が悪く……特に俺に対しては憎悪を感じないでもない毒舌を繰り返すため仲は悪い。
放っておけば際限なく俺への毒舌を繰り返すソレを、俺は容赦なく力いっぱい踏みつける。
「喧しい。ひさしぶりに使ってやるんだ、ありがたく思え。」
冷徹な声と見下すような視線を投げつけながら拾い上げる。
汚れが少し気になったが、あまり時間もない。
そのまま仮面を俺の顔、左半分を隠すように身につける。
その途端、仮面から感じる……魔力の奔流と破壊衝動。
ソレに抗う事なく、感じる魔力、衝動に身を委ねる。
「『……数年ぶりのお楽しみってやつですね。』」
すべての準備が終わった時、そこには別人の様な氷点下の笑みを浮かべる仮面の男。
その仮面の男が血を求め蠢いた。
その後ワーグナーに、血を求める仮面の男の噂が流れる。
怪談話のような、くだらない噂話、それはすぐ飽きられ人々の記憶からは消えたという。
それと同時に、どこかの商家のトップが失踪したという話もあるが、それはまた別の話なのだろう。
あとがきっぽいものです。
日和さんが描かれたイラストを見て衝動で書きなぐってしまいました。
Sevenとミーヤの過去の出会い話です。
時代設定は5年前とかですね。
突然書上げた話ですが、これが公式設定になるっぽいですよ?
うわー。人様のPCの過去設定に俺の文章なんかでいいんでしょうか(……
ちなみにSevenは現在のミーヤがミヤビであることには気が付いていません。
ミーヤ視点では、どう考えても死んでるはず……ですね、状況的に。
まぁ、ミーヤは12→17と成長しているので、わからないのは当然として
Sevenは23→28と外見は、ほとんど成長していないので、雰囲気以外はそれほど変わってない。
果たして気が付いているのかどうかは、ミーヤのみが知る。です。
仮面の謎については、強力なマジックアイテムだよーくらいの認識で、細かい設定はそれだけで、また長くなりそうなので。
それでは、読んだ人に楽しんでいただけたなら幸いです。