一夜の乱痴気騒ぎ

○詩集


ある年の大つごもりの夕べ、地獄の釜の蓋が開ける日に我が書斎を訪える者あり
その者は死の妖精、漆黒の法衣を身に纏いて長大なる鎌と燈明とを携えて来れる、暗闇の帳より
……フゥッ、燭台の灯火が消える
風の吹く筈もなき家深き書斎の燭台が

我がバージル 我がヘルメス 我がメフィストよ
彼の誘えるがまま、導けるが侭に我は歩みだせり

今宵は聖魔の垣根も取除かれて、生ける者と死ぬる者とが共に在ることを許された

分別のない者は今宵を恐れて己が家へと閉じ篭もり
分別のある者は今宵を恐れて輪舞の内へと繰出せり
分別のある者もなき者も諸共に、竃より火を絶やすことなかれ

今宵は生ける火が冥界へと赴く時 生と死とが交錯し、世界を包む薄き膜が破れる時
今宵は死せる火が冥界より訪う時 生と死とが交錯し、世界を包む薄き膜が剥れる時

三叉路に差し掛かる、此処は天上と地上と地下の交わる処
松明をかざすヘカテーの、三つの貌を持つトリウィアの支配せる地形

今宵は晦日 天上の月は隠れ、冥界の暗き月の昇れる夕べ
黒き月明かりと彼の掲げる燈明に照らされて盛大なる宴が始まる
人と人ならぬモノたちの交わる宴の始まりは辻芝居 妖精たちとの一時の観劇を

コロスを気取る滑稽な姿の小鬼どもが声も高く歌い上げる

地獄の底で悪鬼が歌い 地獄の底で悪鬼が踊る
悪意に満ちた嘲りの歌 悲哀に満ちた醜悪な舞
見よ地上の善人どもよ 聞け天上の聖霊どもよ
このおぞましくも美しき、地獄の底の魔王に捧ぐ、狂気と背徳の楽劇を

亡者の頭骨に口づけて、悪鬼は奏でる愉悦の魔笛
亡者の皮を引き伸ばし、悪鬼は叩く憤怒のドラム
その音に合せて亡者は踊り、その音に合せて亡者は歌う

おお、かくも盛大なる背徳の歌劇が他にあろうか

おお、おお、あろうともさ、あろうともさ
そうれ、そうれ、他でもなしに、
徳高きと自称する、金襴緞子の法衣を纏う、坊主どもの祈りの声さ
何せ彼奴等は、彼の欲深きマモンにこそ、主の光に非ぬコインの金無垢の輝きにこそ、篤き信仰心を懐いておるからな!

地獄の底の奇怪な舞曲 地獄に響くおぞましき歌

いとしい、愛しい、痛しい、貴方
どうして行ってしまったの、どうしてあの女の下へ

いとしい、愛しい、痛しい、貴方
でなければ、私が貴方を、貴方を殺す
そんなことにはならなかったのに

いとしい、愛しい、痛しい、貴方
どうして行ってしまったの……

悪鬼は揮う、熊手を揮う、指揮者の揮うタクトの如くに
悪鬼の統べる指揮の下地獄の底に唱和する
亡者の歌う嘆きの声が 亡者の歌う怨嗟の声が

天にいませる救いの主よ、我らはこの身を苛まれ、何ゆえ我等がこの様な目に 
天にいませる救いの主は地下の獄へと繋がれし 我らを捨て置き見捨て給いた
地上にありし痛み少なき生ある者よ呪われよ! 天にいませる救いの主に災いよあれ!

ボウッ! ボゥッ!
芝居の途中の大通り 道化の王が駆け抜ける、鬼火を引連れ駆け抜ける
道化の王を見送りて、生者と亡者と悪鬼に妖精、彼らが唱和し歌いだす

哀れなジャック 愚かなジャック
天に昇るにゃ罪深く 地獄に落ちるにゃ罪浅く
鍛冶屋のジャック 酔いどれジャック
未だにこの世を彷徨える 爆弾男に喰われつつ
哀れなジャック 愚かなジャック

道化の王の道を追う そこらかしこに歓声が挙がる
悪鬼と妖精が肩を組み合って歌い狂って
生者と亡者が手を取り合って踊り明かす
その場限りの乱痴気騒ぎ、一時の夢、一幕の幻

この場限りの夢幻と、村の外れの居酒屋で、執り行われる結婚式
男やもめの五十の樵と昔に死んだ村娘

さあさ、祝えや祝え、飲み歌い、踊れや踊れ、踊り尽くせやご両人
博士と悪魔がやって来て踊り始めるその前に
さあさ、祝えや祝え、舞い歌い、飲めや飲め、飲み尽くせや皆の衆
暇な悪魔がやって来て酒場の酒を飲干す前に

妖精の誘いも終焉がやって来た、我が家の扉の前に彼は私を導き……



クック・ドゥ・ドゥル・ドゥ!ドゥル・ドゥ……ドゥ!
雄鶏が鳴いた、日が変わり、年が変わり、宴が終わる
冥府は地下へ戻り妖精も去り世は再び静寂に包まれる
火の戻った書斎の燭台を消して、椅子に揺られて瞼を閉じる
その場限りの乱痴気騒ぎ、一時の夢、一幕の幻

だが確かにあったこと



 解説

 というか、何と言うか元ネタをざっくばらんにぶちまけます
 モティーフは判る人にはすぐに判ると思いますが、ファウスト伝説ですね
 それもゲーテのと言うよりも、リストの『レーナウのファウストによる二つのエピソード(すなわち「夜の行列」と「村の居酒屋の踊り」)』
 その、博士と悪魔が好き放題やっているところの裏側で別の人物が遭遇した出来事、というのがテーマです
 あと、ダンテの『神聖なる喜劇(いわゆる『神曲』)』が全体の構成の元ネタ……まあ、丸きり別物ですが、先導者を得て異界を巡るという点で、主人公はファウスト博士よりもダンテにより近いです、何せ導き手はウェルギリウス(にたとえられる人物)なわけですから
 まあ、同時にメフィストにもたとえられている、地獄と言うよりもウァルプルギスの夜だろうというツッコミが入りそうですが

 ついでに言うと、ジャック・オー・ランタンの絡みで出てくる爆弾男というのは、史上名高い英国国会議事堂爆破未遂犯「ガイ・フォークス」のことですね
 と言うのも、発祥の地である当の英国に於いて、ハロウィンはこのガイ・フォークスの事件を記念する祭りに取り込まれてしまっています

○詩集

諸権利者.淡海いさな|落成.2006.01.04|定礎.2005.12.29